2020年4月15日水曜日

パワーポイントのスライドショーを使ったオンデマンド教材作成



パワーポイントのスライドショーに音いれて,教材をつくると言うのは,知っていて使ったこともあったが,改めてやり方を調べてみた。

スライドショーの記録だけでなくて,pcの画面の記録もできる。パワーポイントでこんなことができるなんて知らなかった。

PCを使って録画


スライドショーメニューから,「スライドショーの記録」を選択。








Office 365 2019やOffice 365 2019Proplusでは,このようにスライドショーの記録をコントロールする画面が現れる。
















記録の開始,停止,一時停止
ノートの表示
マイクやカメラのオン・オフ (pcのwebカメラの画像を映り込ませることができる)

記録が終わったら,撮り直ししたいときは,スライドショーの記録からやり直す。スライド毎に撮り直しができるようだ。












よければ,ファイルからエクスポート->ビデオの作成を選択。















画像の大きさはSD(480p)が良いかな。
記録されたタイミングとナレーションを使用する(記録後はこうなっている)
右下のビデオの作成をクリック。
動画(mp4)のファイル名を聞いてくるので入力する。


「画面録画」を使う場合。

パワーポイントには,pcに表示している画面をそのまま録画する機能がある。これを使えば,スライドショーの画面だけでなく,pcに表示されている任意の画面を録画できる。


挿入メニューから画面録画を選ぶ。








領域の選択で録画したい部分を選択
音声,ポインターの記録を選択
録画をクリック
録画の停止はWindows+ALT+Q
録画データはビデオとしてスライドの挿入されている。
動画ファイルの作成には,スライドショーの時と同様にエクスポートからビデオの作成を行う。






動画ファイルの加工(トリム,サイズ縮小)が必要なとき。

動画ファイルの作成後,その前後をトリムしたり,またファイルのサイズを縮小した場合,市販の動画編集ソフトで可能だが,時間の前後のカットやサイズの縮小はパワーポイントでもできる。

時間枠の切り出し
まずスライドにビデオを挿入する。
挿入->ビデオ
または,ビデオファイルをスライド上にドラッグ。









挿入されたビデオをクリック
再生->ビデオのトリミングを選択










左の画面が現れるので,必要な範囲を切り出す
加工が終わったら,スライドショー,画面録画の時と同様にエクスポートする。



















ファイルの圧縮

パワーポイントを使って動画のサイズを縮小することもできる。

ファイル->情報
メディアの圧縮を選択。


動画ファイルの容量を削減できる。エクスポートの前に行う。 
480p(最小サイズ)を選ぶとパワーポイントのスライドショーは5MB/分程度まで圧縮できた。










mp4ファイルを作成しない方法


スライドショーを記録し,スライドショーファイル(ppsx)として配布することもできる。視聴者はファイルを開けばスライドショーを見ることができる。しかし,そのためにはパワーポイントがインストールされていることが必要。スマホの使う場合には注意が必要のようだ。アンドロイドの携帯でテストした結果は以下の通り。それぞれの環境で結果が異なることもある。

携帯にアプリ無しのとき

クラウド上からそのまま開くと,クラウドのアプリが対応していれば,pptx, ppsxともにスライドは表示する。しかしスライドショーはできない場合がほとんど。

ファイルを携帯端末にダウンロードしてから開こうとすると,開けない。

携帯にOfficeをインストールしたとき。

ファイルをダウンロードする,しないに関わらずファイルを開き,スライドショーを実行できる。しかしスライドショーの記録にwebカメラ(話し手の顔など)をはめ込むと音がでない。カメラの像もフリーズする。webカメラのはめ込み無しだと音がでる。
(動画がすべてだめというのではない。webカメラの映像を埋め込んだときがだめのようだ)


iPadの「画面収録」を使う

iPadのパワーポイントでスライドショーを実施しながら,「画面収録」をつかって表示画面を記録できる。記録した結果は写真にビデオとして記録される。
スライドショーのペンを使って書き込みながら録画する時に,Apple Penを使うことができるので,書き込みながら録画する時の実用性は非常に高い。
白紙のスライドを使って板書風録画も実用レベル。



iPadの画面の右受けから下にワイプして,コントロールセンターを表示する。
録画マークを長押し。 


















選択されていなければ,収録先に写真を選択。 
マイクのオンを選択。
収録を開始

次回以降は,コントロールセンターから直接録画を開始できる。

収録後は,写真にmp4ファイルができている。

2020年4月10日金曜日

オンライン授業の教材をつくってみた。


 とにかく,世界中の教員が遠隔授業をやりはじめた。私のまわりも例外ではない。
すでに多くの方がオンライン教材のつくりかたを公表しているが,私もやってみた。

やったことは,パワーポイントのスライドショーに書き込みをいれながら録画すること。
2つ試してみた。

1)パワ-ポイントのスライドショー記録を使う。


これをつかってスライドショーを録画する。
そのあと,ファイル->エクスポートと選んで。ビデオの作成をやると,mp4をつくることができる。















こんな感じ



2)iPadのパワーポイントを使って,スライドショーをやる。
それをパワーポイントの画面録画を使って録画・録音。
iPadで画面を録画すると,写真のところに保存されるので,それを共有機能をつかって適当な場所に保存する。

 

3)番外
パワーポイントのスライドショーでなく,ホワイトボードに自由に書き込むようなアプリとしては,iPadのvittleが人気のようだ。
ただ,これは無料版は制約がある。購入してないので確かなことは言えないが,アカデミック版は安価に購入できるようだ。




多分,もっとも重要なこと。
限られた時間で音声をいれて動画をつくろうとおもったら,言い間違えても口ごもっても気にせず続けること。これを気にし始めると。無限ループに陥る。

追記 2020/04/11

パワーポイント2019になって,スライドショーの記録がかなり高機能になった。
こんな感じ,録画の一時停止もできる。これ,録画の途中で長い式を書いたり,図を書いたりするときに,便利。
カメラでとった顔を画面との右下に表示できるようになった。これは教材の臨場感を出すのに有効。それから,録画画面に映らないところ(録画画面の上)で,パワーポイントのノートを表示することもできるようになった。ペンの操作も録画画面したに集まっている。
かなり便利そうだ。



2020年4月5日日曜日

オンライン授業

私のまわりで、オンライン授業の準備がここまで遅れた理由は、数ヶ月前にその話が出た時に、何の検討もせずに、一部をオンライン化しても役に立たないとかと言う先入観で話を決めた事。ここまでの自体になるとは想像出来なかったのだろう。私も今日の様なことは想像していなかった、しかし無駄になっても、何ができるか検討開始するべきではないかとは考えていた。でも声を届ける事が出来なかった。

今、突貫工事でオンライン授業の準備をやっている。やっている事は授業を丸ごと録画してオンデマンドで視聴できる準備だ。既に何人かの教員から、教育の質に関する懸念が出ている。そのに通りだ。もしこの状況が続き、今の何の工夫も無いオンライン授業が続いたら、どうなるか。
もちろん多くの教員は直ぐその事に気づくと思うが(とっくに気づいている人も多いが)、解決策を個々の教員に丸投げで済むだろうか。
 今、オンライン授業を有効に活用して教育効果を上げる具体的方法の検討を始めないと、大変な事になる可能性がある。
幸運にもコロナが収まって従来の対面授業ができるようになっても、この努力は無駄にはならない。ICTを活用したオンライン授業は、従来の対面授業を補って、教育を良い方向に持っていく事ができるはずだから。

2019年8月6日火曜日

選挙雑感

最近コミュニケーションや平和のことをのことを考えることがなんどかあった。(これこれなど)
つくづく思うのは人は,主観で行動を決めるということだ。集団の場合も間主観の共有によってその行動を決めるということだろう。  

 民主主義の 基本となる選挙 についても同じことが言える。ユヴァル・ノア・ハラリは 選挙というのは 公衆の意見を集約するのではなく,その雰囲気を 集約するものであると言っている(ホモ・デウスだったかな)最近特にその傾向を強く感じるのは私だけだろうか?
 しかし,これは公衆が変わったのではない。 人はそもそも 主観や感情で行動を決める動物だ。 選挙で票を得ようと思ったら,民衆の 感情に訴える方が早く効果的なのだ。 しかし多くの為政者は,多分それは分かりつつも,主に政策についての論理的な説明によって支持を得ようとしていた。 ところがここ数年,特に前回のアメリカ大統領選挙以来顕著になったと思うのだが, 民衆の感情に訴えて支持を得る手法を用いる為政者が増えてきたと思う。 そしてかなりの確率で成功している。
  
 これは,民主主義の根幹をなす選挙について, 大きな疑問が投げかけられていることを意味しているのではないか?
 
 民主主義は, 正しいから 現代の 政治手法の主流となっているのではない(そもそも正しいとは何か自明ではない)。 歴史の紆余曲折のを通じ,人類社会を発展させる手法として生き残ってきたということだろう。 民主主義という手法がこの先も生き残るのか?そうだとしても今のままの方法で良いのか?
大きな課題を投げられていると思う。

2019年7月22日月曜日

科学コミュニケーションIII その参加者


科学コミュニケーションの当事者

前々回は科学コミュニケーションとは何かについて
前回はその特徴について考えました。
今回は,科学コミュニケーションの参加する当事者について考えます。


メディアも当事者ですが,それにについては,後で議論します。)

 科学コミュニケーションに関与する当事者と当事者間のコミュニケーションについて表にまとめました。現代の事例から学ぶ サイエンスコミュニケーション ISBN 978-4-7664-2203-0 p14を参考,筆者による改変)
 当事者はもっと詳細な分け方も可能ですが,ここでは科学者と公衆のみを考えています。政策作成者は,コミュニケーションの手法としては,科学者と類似の方法をとることができると言う意味で,同様のカテゴリーとしました。


表:科学コミュニケーションの当事者と当事者間で行うコミュニケーション



実施者


科学者
肯定的
公衆
無関心な
公衆
否定的
公衆
一般的な
公衆
対象
科学者
委員会


公聴会
ネガティブ
キャンペーン

肯定的公衆
講演会
市民討論会
サイエンスカフェ
パブコメ
(アンケート)
講演会

ネガティブ
キャンペーン

無関心な公衆
(マスメディアを通じた宣伝)

ネガティブ
キャンペーン

否定的公衆
公聴会




一般的な公衆
講演会
市民討論会
サイエンスカフェ
パブコメ
(アンケート)
博物館


ネガティブ
キャンペーン


 表のなかで,問題となるのが空白の部分です。一般に公衆がコミュニケーションの実施側になることはあまりありませんが,科学者側からみた場合,無関心な公衆に対する部分が課題です。ここにアプローチする方法として,マスメディアを通じた宣伝が考えられますが,莫大な費用がかかることからこれまでに行われたことはありません。また,前例がないことから,その是非自体も議論となると考えられます。人口に占める割合としては,無関心な公衆が多数を占めることは十分に予想されるため,この点は大きな課題です。また否定的公衆に対して行えることが少ないことも問題です。


メディアについて

 メディアはコミュニケーションの実施者と対象の間で両者の間を取り持つ役を果たします。しがって表の中に直接出ていませんが,情報を介在するものとして登場します。メディアとしては,マスメディアが代表的ですが,コミュニケーターや博物館学芸員もこの役を担います。またインターネットの発達はコミュニケーションの手法に大きな変化を起こしています。



マスメディア

 テレビ,ラジオ,新聞,出版社などが代表的な媒体ですが,通信社のように情報をテレビ局や新聞社のような媒体に提供するメディアもあります。マスメディアによるコミュニケーションは,基本的に情報の提供者からの一方通行です。



 マスメディアがコミュニケーションに関わる目的は何でしょうか? これは,メディアが報道するニュースの選択に関わります。マスメディアの公衆に対する影響の大きさを考えると、大きな論点です。



マスメディア自身が情報発信を行う場合

 マスメディアは基本的に営利企業であり、配信した情報が公衆の興味と合致し、受け入れられることが重要です。したがって情報もその指針によって選択されます。日常的でない出来事や,流行にそった情報などです。この場合,マスメディアが独自の考え方で情報を選択し伝えるため,その意図は情報を伝えるメディアの意向を反映します。 伝える内容を専門的なトレーニングを受けていないものが作成する場合も多く、特に科学コミュニケーションの場合,情報の正確性や客観性が問題となることがあります。



マスメディアが専門家と公衆の間を仲介する場合。

 科学者などがコミュニケーションを行う際に,メディアを通じて行うことがあります。記者会見が代表的な例でしょう。 情報の発信者は,ある目的をもってメディアに伝えます。(目的を明確にすることは重要な前提です。これが無いと会見を行っても、メディアから無視されてしまいます。) この場合も、情報の発信を行うかどうかも含めて、情報発信者の主体はメディアとなることに注意しなければなりません。 メディアに対して発信者側の意図が正しく伝わるか,伝わったとしても意図の通りに報道されるかは,報道されるまで分かりません。
  情報発信側は,この事を十分に考慮し、定期的な勉強会を通じた情報提供や,メディアトレーニングの実施、メディアにとって発信しやすい内容の選択など、その目的を達成するための方策を検討し、実施する必要があります。

 マスメディアの場合、情報の発信者がメディアであっても、科学者であっても、最終的な情報発信には、メディアによる解釈やその意向が介入します。誰が何の目的でコミュニケーションを図ろうとしているのか?その目的を反映したものなっているのかが,曖昧になることがあります。メディアによるコミュニケーションには,その事案に応じた考察が必要です。

コミュニケーター
 コミュニケーターは,専門家と公衆の間に入り,情報の内容を理解しそれを伝えることを役割とします。 専門職としてのコミュニケーターがあるということではなく,イベントの企画者,博物館学芸員などがその役割を担うことが大半です。また,マスメディアの中にもその役目を担うものがいる場合があります。

 科学コミュニケーターは,コミュニケーションの技術や知識に疎い科学者と,科学的素養が十分ではない一般公衆の間で,コミュニケーションをとりもち,その目的を達成させることが役割です。そのため,科学に対する理解(必ずしも専門知識を意味しない)と,コミュニケーション技術を兼ね備える必要があります。 また,サイエンスカフェなどのイベントを開催する場合には,その企画立案から実施までを取り仕切ることもあり,科学コミュニケーション全般にかかる幅広い知識が必要とされます。

  科学コミュニケーターの場合も,メディアと同様に,コミュニケーター自身が情報発信する場合と,専門家と公衆の間を仲介する場合があります。

 科学コミュニケーター自身が情報発信する場合,その目的は科学的知識の普及,科学の社会への理解促進など,科学と社会の関係促進をその理念とする場合が多く,経済的な利潤を追求する場面は少ないでしょう。 その一方で,サイエンスカフェなどの具体的なイベントを行う場合,「科学の社会への理解」などの目的が抽象的にすぎ,イベントの目的や対象が曖昧になってしまわないように,注意しなければいけません。

 科学コミュニケータが科学者と公衆の仲介を行う場合は,マスメディアの場合と異なり,科学者の意図や目的は比較的反映されやすいでしょう。一方,専門的内容や情報の正確性にこだわる傾向のある科学者・専門家と入念に打合せを行い,当初の目的を達成するべく,事前の打合せや,イベントの構成を行う必要があります。そこにコミュニケーターとしての技能があると言っても良いと思います。

インターネット
 インターネット自体は純粋なメディアであり,情報の発信者にはならないという意味でマスメディアやコミュニケーターとは一線を画します。組織の大小や地域に制限されずに情報を発信できるメディアであり,その方法もweb,SNSなど多様な広がりをもっています。大きな影響をもつメディアとなっている反面,フェイクニュースや炎上という言葉に代表されるように,情報の真偽,過剰な反響などが問題になってきています。




2019年7月20日土曜日

科学コミュニケーションーII 科学とか科学者とか


 前回,科学コミュニケーションについて考えてみました

そこでは,
コミュニケーションとは
「目的をもって他人に対して行う情報の授受」
科学コミュニケーションは,
「科学者または科学が関与するコミュニケーション」
と考えました。
コミュニケーションというのは,誰かが特定の目的をもって特定の対象に対して行う政策の一種。科学コミュニケーションというのは,話題が科学に関することだったり,当事者が科学者だったりする場合のコミュニケーションという意味です。

今回は「科学」をテーマとするときの特徴を考えたいと思います。
内容的には先日の人は科学が苦手?(読書感想文)に書いたこととかなり重なります。

 科学コミュニケーションの重要さが話題になる背景には,科学の発展によって,科学の社会への影響が大きくなったことがあります。そのときに,科学や科学者が関与するコミュニケーションに特有の課題が浮き彫りになるのは必然ではないでしょうか。
 科学に限りませんが,ある分野にはその分野の手法(作法といっても良いかもしれません)があります。その分野の専門家になるためには専門のトレーニングが必要です。科学の場合,物事をできる限り客観的に考察し評価することが特徴です。これを行うようにトレーニンされてきた科学者は,その思考や行動にも客観的な指標を重視する傾向があります。一方で,科学者以外の人の行動基準は,主観が大きな比重をしめる傾向があります。このことが,科学コミュニケーションを難しくしている理由の一つではないでしょうか。(科学者が客観的な判断で行動するかという事も甚だ疑問ですが,少なくともそのような振りをします。) 科学者というのは世間一般からみると,ごく一部の少数です。科学者自身が,これを認識することがまず重要だと思います。

科学者や科学の特徴とそれを踏まえた科学コミュニケーションを考えてみたいと思います。

科学と社会

 科学とは一言でいうと,「自然現象をできる限り客観的に記述する」ことだと思います。客観的に記述する言語は究極的には数学です。
重要なことは,「客観的に記述する」行為には,社会的意義を考えることは含まれていないことです。科学自体はその意義や意味には無関係です。それを考えるのは,社会科学です。(社会科学には,人文,政治,宗教なども広く含むと考えてください。)学問の分野を分けるというのは好ましくありませんし,科学の意義を考える学問分野はすでに存在します。しかし,科学の本質を考えたときに,その中に科学の意義の考察は含まれないということは言えのではないでしょうか。

 科学者も同様です。科学者になるためのトレーニングは,物事を客観的に考察し評価するための訓練がそのほとんどです。科学倫理など,その意味考えることも特に最近は重要視されてきましたが,どちらかというと派生的なものです。
 科学者にも研究の意義や社会に与える重要性を考え,行動している人は,たくさんいます。しかし,その行動は科学を探求する研究者というよりも,社会を構成するもの一人としての行動ではないでしょうか。つまり,科学の意義や社会的意義を考えるとき,その人は科学者というよりも,一般社会の構成員としての立場で活動していると思います。問題は,にもかかわらずそれを科学者の作法で行っていること,だと思います。

科学コミュニケーションの基本的な考え方

 まず,科学者自身が,科学者になるためにうけてきたトレーニングは非常に特殊なものであること,科学的(客観的)なことを行動原理にすることは人の活動そしては一般的でないこと,をしっかりと認識することだが大切だと思います。
人類(ホモ・サピエンス)20万年の歴史のなかで,科学的な思考が本格的に芽生えてから,たかだか数百年です。人は主観で行動する動物なのです。
 コミュニケーションを通じてなにか目的を達成しようとするとき,科学的・客観的な情報提供は必要条件になることはあっても,決して十分条件にはなりません。逆に,主観は科学的な裏付けがなくても人行動の十分条件になり得ることは,歴史をみればあきらかです。
 科学コミュニケーションも例外ではありません。科学コミュニケーションに関する文献をみると,いろいろなカテゴリー分けやモデル化が書かれています。それはすべて,科学や科学者の特徴を考慮し,コミュニケーションによって目的を達成するための,戦術であり戦略ということだと思います。

次回は科学コミュニケーションの参加者について考えてみます。



2019年7月16日火曜日

科学コミュニケーションI その定義について

ブログのタイトル変えました。意味はありません。
スマートスピーカーに一番良く話しかける言葉です。カップラーメンには一番便利ですね。

この4月から,科学コミュニケーター養成プログラムを有志と始めました。ほぼ2週間おきに受講生諸氏といろいろ話しています。受講生の皆さんには,サイエンスカフェの企画から実施までを実習としてやってもらっています。受講生のみなさんにはいつも,「目的と趣旨とはっきりさせてください。迷ったら,もとに戻る。この授業の場合は,科学コミュニケーションですね。」と言っています。でも科学コミュニケーションって何かと問われると,一言で答えることができません。今更ながら考えてみました。

コミュニケーションって何?
 コミュニケーションとはなんでしょうか? 狭い意味では,情報の伝達やりとりですが,わざわざコミュニケーションと言っています。そのときは,ある人から他の人への一方的な情報伝達ではなく,他方からの反応を含んでいます。
AさんからBさんへ何かを伝えたとき,Bさんが何か反応を返します。好意かもしれまん。反発かもしれません,情動的なこともあるでしょう。コミュニケーションというときは,このような,何かのやり取りを想定しています。
コミュニケーションには必ず目的があります。例えば,AさんはBさんと友達になりたい,服従させたい,何か情報を得たい(得る目的は別にあるはずですが)などです。意識していなくても何か目的があります。

結局,コミュニケーションというのは,「ある人やグループが目的を持って他人や他グループに対して行う情報の授受」ではないでしょうか。情報の授受とあえて書いたのは,物理的な暴力ではないと言う意味です。

このコミュニケーションの考え方は,クラウゼヴィッツの「戦争論」に通じるところがあります。戦争論では,戦争を「政策の道具,交渉の延長線上にある」と捉えています。コミュニケーションも同様に考えることができます。暴力による交渉が戦争であり,情報の授受による交渉がコミュニケーションと言うわけです。コミュニケーションが,情報の一方的伝達ではなりたたないことが自明になったのではないでしょうか。科学コミュニケーションに関していうと,一生懸命理論を説明するだけでは不十分だということです。このことをはっきりするさせるのが,わざわざ「コミュニケーションとは何か」考えた理由です。
政策交渉について,相手との関係(横軸)と方法(縦軸)の2次元上に表したものです。
コミュニケーションも戦争も政策交渉の道具という意味では同じですが,この図の対極にあります。



科学コミュニケーションとは
コミュニケーションを,「目的をもって他人に対して行う情報の授受」,と考えると,科学コミュニケーションは,「科学者または科学が関与するコミュニケーション」と考えることができます。とっても簡単な話になりました。

 通常,科学コミュニケ−ションというとき,科学者が情報の送り手,公衆が受け手の場合を考える場合が多いのですが,いつもそうとは限りません。情報の受け手が科学者の場合もあります。公衆と言っても,立場,考え方,科学的知識の有無は千差万別です。科学(に限らず)コミュニケーションを行うときは,相手(ターゲット)を想定することが重要です。 情報の送り手,受け手も,どちらがどちらと決まっているとは限りません。公衆から科学者へ向けたコミュニケーションや,どちらからどちらとは言えない場合もあるのです。(これについてはまた別の機会に考えます。)

科学コミュニケーションというのは,
1)科学者から他の集団に向けた,特定の目的をもった情報の授受
   (科学者による講演やサイエンスカフェなどのイベントはこれ。)
もっと広義には,
2)科学者を含む集団間の,特定の目的をもった情報の授受
   (科学者間や科学者と公衆の討論会などはこちら)
ということでしょう。一般には1)を指す場合が多いと思います。

 科学コミュニケーションというと,科学者と一般の人との対話とか,啓蒙とか,なんとなく分かったような分からない言い方をすることが多いのですが,このように考えると,何をしようとしているのかスッキリすると思うのですがいかがでしょう。

ただし,科学コミュニケーションは,とりあつかう題材が科学であること,科学者が介在することによる,特有の難しさや課題があります。
これを考えるためには,まず,科学の特徴とはなにか,それを研究する科学者とはどんな人かを考察する必要があるように思えます。

科学コミュニケーターとは
ここまでの話にはか科学コミュニケーターは出てきません。科学コミュニケーターは,科学者でも,公衆でもなく,その中間にいます。メディアといえばよいでしょうか。
これについては,別の機会に考えてみたいとおもいます。

次回は,科学コミュニケーションはに科学が介在すること特有の課題を考えます。