2016年1月に行われた,大学入試センター試験の物理基礎で出題された問題である。
これについて考えてみたい。(ちなみに正答は⑧)
ア: について,これはIVで良いだろう。
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図1 |
イとウはどうだろう。この問題で想定される等価回路は図1のようなものだろうか?しかしこれでは困ることがすぐに分かる。この場合,送電線で消費される電力\(P_R\)は,
\[{P_R} = IV = {I^2}R = \frac{{{V^2}}}{R}\]
であり,イの解答が複数になる。またウの答えが出ない。したがって,想定される等価回路は図2のように,送電先で電力を消費する負荷抵抗
を想定したものと考えられる。この場合は,
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図2 |
\[P_R = I^2R \ne {\frac{V^2}{R}} \]
ちょっと記述が不親切な気がするが,発電所からの送電ということなので,負荷があることは自明なのだろう。
この小文を書いている理由はこの後,ウにある。
問題文中に,「同じ電力量を送るとき」とあるが,そこでは「発電所から同じ電力量を送るとき」なのか,「負荷に対して同じ電力量を送るとき」なのか,明示されていない。その前に「したがって」とあるし,問題冒頭の文からも,前者を想定していると想像はできる。だがこれは,単なる言葉遊びとは言えないのではないかと考えている。
両方の観点からやってみよう。
①「発電所から同じ電力量を送るとき」
図2において,送る電力量を\(P\)を一定として電圧\(V\)を変えると,
\[I = \frac{{{P}}}{V} \]
となる。ここで一つ考えることがある。送電線の抵抗\(R\)は一定なので,\(P\)が一定の時に\(I\)と\(V\)のこのような関係を満たすためには,負荷抵抗
が,
\[r = \frac{{{V^2} - PR}} {P} \]
となっていなければならない。即ち送電の電圧\(V\)をあげると,負荷抵抗\(r\)もそれに応じて増やす必要がある。そうすることによって,\(I\)を減らさないと\(P\)を一定に保つことができないからだ。(負荷抵抗を変えないとすると別途\(I\)を制御する機構を想定することになる。)
この場合,送電線で消費される電力\(P_R\)は
\[{P_R} = {I^2} R = {\left( {\frac{P}{V}} \right)^2}R\]
となり,\(V\)を高くした方が,送電線での電力損失は小さくなる。しかし,
このとき負荷抵抗\(r\)で消費される電力\(P_r\)は,
\[
\begin{align*}
P_r &=I^2R=\left({\frac{P}{V}}\right)^2r \\
&=\left({\frac{P}{V}}\right)^2\left({\frac{V^2-PR}{P}}\right) \\
&=P-\left({\frac{P}{V}}\right)^2R \\
&=P-P_R
\end{align*}
\]
となり,送電電圧を高くすると負荷で消費される電力も増える。
これは当たり前のことで,送電電圧を高くすると送電線での電力損失は小さくなるが,常に一定量の電力を送り出しているため,残りの電力すべてが負荷で(必要の有無に関わらず常に)消費されなければならない。負荷で消費可能な電力が増えると考えることはできるが,この問題設定に違和感を感じるのは私だけだろうか?
負荷で必要十分な電力を供給するように,送電電力量\(P\)を調整するという方がより現実的ではないか。結局,これは負荷に対して同じ電力を送る,つまり\(P_r\)を一定に保つという設定で考えることになる。
② 負荷に対して同じ電力量を送るとき
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図3 |
図3のように負荷が消費する電力を\(P_r\)とする。負荷にかかる電圧を\(V_r\)とすると,回路に流れる電流\(I\)は
\[I={\frac{P_r}{V_r}} \]
である。したがって,送電線での電力損失\(P_R\)は,
\[P_R=I^2R=\left({\frac{P_r}{V_r}}\right)^2R \]
となって,\(V_r \)を高くすると,小さくなる。このとき送電元の電圧\(V\)は
\[V=V_r+IR=V_r+{\frac{P_r}{V_r}}R \]
となり,\(V_r\)を高くすると,\(V\)も高くなる。
\(V_r\)を\(V\)で表すと,
\[V_r={\frac{V+\sqrt{V^2-4P_rR}}{2}} \]
となり,負荷に電力\(P_r\)を送電するためには\(4P_rR < V^2 \)でなければならないこと,\(4P_rR \ll V^2 \)では\(V_r \approx V\)であることが分かる。
即ち,負荷に必要な電力を送るという想定でも,送電電圧を高くすることによって,送電線における電力損失を減少させることができる。
③ もう少し実際に即した考察
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図4 |
実際に送電する際には,図4のように,高電圧で\(V\)で送電したあと,負荷(一般家庭など)の近くで変圧器によって100V(または200V)に電圧を下げて供給する。送電線を通ったあとの変圧器手前の電圧を\(V_T\),変圧器後の,負荷にかかる電圧を\(V_r\)とすると,負荷に供給する電力\(P_r\)のとき,負荷に流れる電流\(I_r\)は,
\[I_r = {\frac{P_r}{V_r}} \]
である。
変圧器で\(V_T\)に昇圧すると,同じ\(P_r\)を供給するので,送電電流\(I\)は
\[I = {\frac{V_r}{V_T}}I_r = {\frac{V_r}{V_T}} {\frac{P_r}{V_r}} ={\frac{P_r}{V_T}} \]
となるので,②における議論の際の\(V_r\)を\(V_T\)で置き換えれば,全く同じことが言える。
余談と感想
気になったので,手元にある物理基礎の教科書(第一学習社)をみた。そこにある説明は①だった。ただし,負荷に関する記述はない。高圧電線による送電ということを教えたいため,詳細は省いたということだろう。
この問題について,いくつかの予備校による解説もみたが,特に突っ込んだ解説は見当たらない。一つだけ,発電所から一定の電力を送ると明示した解説があった。
この話,私も大学の授業でとりあつかっている。最初どのように考察すればよいのか,結構考えた記憶がある。それもあってちょっと引っかかったのだ。
結局「同じ電力量を送るとき」を「発電所から同じ電力量を送るとき」,「負荷に対して同じ電力量を送るとき」,どちらで考えても,送電線の電力損失を軽減するという観点から同じ答えがでる。後者が現実に即していると思うが,物理基礎の問題としては結構難しくなってしまうだろう。出題委員は意図的にどちらでもとれる問題文にしたと考えるのは邪推だろうか。