2018年8月15日水曜日

人はなぜ戦うのか

 いくつかの動機が重なって,核抑止力の議論に端を発し,人が戦争をする理由について考察している。執筆にあたっては主に文末に挙げた文献を参照しており,特に3),5)による部分は多いが,文献の理解や考察等,文責は筆者にある。

図1 戦争による10万人あたりの死者数の推移 https://ourworldindata.org/war-and-peace)

核抑止力について

戦争犠牲者数の推移
 11400年以降の人口10万人辺りの戦死者数の移り変わりである。1600年以降,1945年以前は,数十人/10万人/年程度だろうか。第一次世界大戦では1,000万人以上,それから30数年後の第二次大戦では6,000万人以上もの人が亡くなったと言われている[1]。人は戦争をする動物である事を否定できない。一方1945年以降,世界規模の戦争は起こっておらず,戦死者数の割合は激減している。2000年では2/10万人程度(グラフ赤線)。国際戦略研究所(IISS)によると,2016年の戦死者数は157千人である。世界の人口を70億人とすると,約2.2/10万人だ。
  1945年以前と以後で決定的に異なることは,人類がそれ自身を破滅させる能力をもつ兵器,即ち核兵器を手にしたことである。核による戦争の抑止は,人の恐怖心によるものであり非人道的である,危ないバランスの上に成り立っているという問題を持つ。また戦争を完全に抑止できている分けではない。しかし,1945年以降,列強による大規模な戦争が起きていないことは事実である。戦争による死者の減少に核抑止力を無視することはできないのではないか。

拒否的抑止と懲罰的抑止
   抑止には二種類考えられる。一つは拒否的抑止。敵にこちらを攻撃しても無駄であると思わせる程度の武力を持つことにより,攻撃される事を防ぐ。自衛力はこれにあたる。もう一つは懲罰的抑止。相対する双方が報復により相手を破壊できる武力を保持し,これにより戦闘ができない状態にする。核による抑止は懲罰的抑止である。通常兵器による戦闘も,それが核戦争を誘発するescalation ladderという考え方により抑止される。双方が完全に破壊しあうという相互確証破壊(Mutual Assured Destruction =MAD)はその究極であろう。冷戦時には,米ソが膨大な数の核弾頭を保持していた。冷戦後その数は減っているが,現在でも米ロを中心に約1万発の核兵器が存在している。

核のある世界,核の無い世界
 核廃絶を考える時,核に変わる抑止力がない限り,人は現在よりはるかに大きな規模で戦争を繰り返すのではないかという危惧が捨てきれない。その場合,戦争による死者はどうなるのか? 核抑止力による通常兵器の戦争抑止効果を測る術は無く推測に頼るしか無いが,仮に1945年以前の状態に戻るとすると,年間の戦死者は20/10万人/年程度だろうか。2016年の約10倍,人口を70億人として年間140万人程度になる。
 核廃絶よる戦争の増加の懸念がある一方,過去70年の間には核戦争勃発の危機があった。その最も大きなものは1962年のキューバ危機だろう。また核抑止のためのシステムの誤動作により核兵器の発動直前に至ったという話もある。最近ではテロリストの手に核兵器が落ちることも憂慮されている。さらに,現在の核兵器の威力は広島型の1000倍以上である。1962年に旧ソ連が開発した水素爆弾はTNT換算で広島型原発の4,400倍もの爆発力があった。現代の核兵器の使用の意味は1945年当時とは全く異なる。核兵器の使用は人類滅亡に直結する。

結局,核兵器のある世界,無い世界は以下の二通りなのか?

 核のある世界:比較的平和だが,突然世界が終焉を迎える危険を持つ。
 核なき世界 :人類が突然の終焉を迎える可能性は低いが,年間百万人以上が戦争で命を失う。

これ以外の第3の道はあるだろうか? 人類は20世紀の2度の世界大戦を経て,平和に共存する道を選ぶことができるようになったのだろうか? その問いは,人はなぜ戦うのか,という根本的な問題に帰着する。


人はなぜ戦うのか

戦争の始まり
  人類(ホモ・サピエンス)の本能として戦争はあるのだろうか? どの動物も餌を得るためや子孫を繁栄させるために戦う。狩猟時代の人類にも小規模な集団同士の戦いは存在した。しかし戦争と言えるような大きな集団による戦闘は,狩猟時代には少数の例外を除いて無かったと考えられている。戦争が人間の本能ではない証拠ということである 1[2]

 戦争の始まりは農耕の開始と時期を同じくする。約一万年前だ 1)。それ以前の狩猟時代,集団は獲物を求めて常に移動していた。集団同士が出会ったとしても,その間に相互作用が生じる必然性はなく,すれ違うだけだったと考えられる。一方,農耕には土地が必要であり,集団は土地に定着する。それによって隣接する集団との間に相互作用,即ち外交関係が生じる 2)。農業には不作や豊作がつきものだが,狩猟時代のように容易に新たな場所を求めて移動することはできない。ある集団が不作にみまわれたとき,隣接する集団から略奪することによってそれを補うことがある。戦争の始まりである。

 農業は多人数による共同作業だ。多人数の集団内には階層が生じ,集団は支配階級と被支配階級に分かれる。不作は集団内に不満を作りだす。支配階級は他の集団から作物を略奪することによって被支配階級に利益をもたらし,それによって自分の地位を保つこともあるだろう。しかし,戦争が人間の本能ではないとしたら,集団間の話し合いによる解決の可能性はないだろうか。もちろん飢えていない集団からみると,供与の対価が無いとしたら,結果として生じるのは不満だけだろう。供与する側の支配者にそれを甘受する理由は無い。だが,戦闘は双方に被害をもたらす。戦いによる悲劇は当時の人類も同じだ。集団間の外交が戦闘に至ることがあったとしても,長期的には平和的な共存に収束する可能性があるのではないか。

平和的な共存は歴史が明確に否定している。戦争が歴史に登場した一万年前以降,人類の歴史から戦争が絶えたことはない。戦争は人類の歴史そのものであり,戦争の指導者として名を残した英雄は,カエサル,ジャンヌ・ダルク,始皇帝,諸葛孔明,平清盛,源頼朝,足利尊氏,織田信長,豊臣秀吉,徳川家康,西郷隆盛,などなど枚挙に遑がない。英雄即ち戦勝者といっても過言ではない。この事実の前には,平和主義という考え方は無意味とさえ思えてくる。そしてこれは,人が戦う理由が単に物的な利害関係だけではないこと示唆している。

英雄は,戦争の別の側面も表す。集団内に不満が生じたとき,支配階級が戦争を起こし被支配階級の不満を抑制すると述べた。戦争は支配階級によって発動され,被支配階級はその恩恵または被害を蒙るという構図にみえる。しかし,英雄を崇拝するのは被支配階級もおなじである。戦争は支配階級が発動し,被支配階級は常に強制や抑圧を受けるとは限らない。例えば日露戦争の時,提灯行列で戦勝が祝われたのは知られている。真珠湾攻撃の際もその国民の多くが歓喜に沸いた。
戦争は支配階級のみによって発動されるのではない。被支配者層も有形無形の利益を得ることによって戦争を支える。1)ではこれを,支配者層と被支配者層の間の利益交換と評している。


実態のないもの
3)によると,人類(ホモ・サピエンス)は約7万年前に起きた認知革命(cognitive revolution)により,抽象的な概念を共有できるようになった[3]。死者を弔う埋葬という行為はその端的な例だ。抽象的な概念に実態はない。フィクションである。人類は神話,宗教, 国家と言ったフィクションを共有し,それによって直接面識のない何千,何万,何億もの個が集団として行動するようになった。実態がない概念であるからこそ面識の無い多数の個が共有できる。これこそが現代の人類に大きな繁栄をもたらした要因であり,人類が人類たる所以とも言える。この特徴は他の動物と大きな異なる 。人類以外の類人猿にも集団行動は見られるが,血縁関係を中心とした小規模な集団に留まる。人類とおなじ人属のネアンデルタール人にこの能力はなかった。人類とネアンデルタール人との大きな違いであり,前者が絶滅した要因とのことだ[4]

 フィクションは,集団における利益も創り出す。当初,集団やその構成員が戦争によって得る利益は物的なものだけだった。しかし,フィクションはそれらに単なる物以上の価値を与える。希少価値のあるものには「貴重な」,また集団の支配者から得たものには「拝領の」というような意味が加わる。さらに集団の中での地位や名誉など,フィクションそのものが構成員にとって利益となる。集団のために犠牲になるという行為はそれを如実に表している。前述の支配者と被支配者の利益交換を通じた協調による戦争の発動は,双方が共通のフィクションによって繋がっているからできることだ[5]
集団は地上を2次元的に覆うだけではない。言葉の発展は歴史を記録することを可能とし,そのつながりは時間軸にも広がった4)。「先祖代々の」,「伝統的な」という言葉は,これが集団をつなぐ最も重要なフィクションということをも感じさせる。フィクションを元にした集団は時間・空間を覆い,非常に強固かつ大きく発展した。
 
フィクションによるつながりは,農耕が始まる以前の狩猟時代に始まっていた。しかし,狩猟時代は大集団を支えるほどの食料の安定な供給がなく,また常に移動していたため,集団はそれほど大きく成長することはなかった。前述のように土着していない集団同士では外交も限られたものだった。農耕が始まることによって集団は土着し,大きくなる。すでに狩猟時代からそれぞれの集団はその元となる固有のフィクション(理念や宗教)を共有している。異なるフィクション(端的には宗教だろう)によって形成された集団間の外交は単なる物的な利害を超えた複雑なものになり,時に武力衝突となる。近年の戦争は,物的利害より実態の無いフィクションの軋轢が要因になる事も多い。個々の武力衝突の原因は多様で複雑だが,農耕の発展とともに始まったフィクションによる集団の形成,それに伴う複雑な外交関係が戦争の根本的な原因であり,その意味で,戦争も外交交渉の一形態である。

なぜ暴力なのか
 集団間の衝突の根本的な原因はフィクションの共有による集団の形成という,人類が今日に至る発展を遂げた理由そのものに帰着する。本能ではないにしても性(さが)だろう。 だが,集団間の衝突が人類の性(さが)だとしても,それが暴力に発展する必然はないとも考えられる。個や集団の間に軋轢が生じたとき,その解決を暴力に頼るのは,人類にかぎらず動物一般にみられる行為である。
 暴力以外で軋轢を解消するためには言語が必要となる。言語の発祥時期の特定は困難だが,複数の材料を組み合わせた道具が約10万前ころからみられ,そのような複雑な技術の伝承には高度な言語が必要と考えられている。即ち10万年前ころには言語が見られたと考えられる。しかし,集団間の紛争を解決できるような複雑な交渉に堪える言語の発達があっただろうか。複雑な交渉には文字による記録が必要と考えると,それが可能になってから高々数千年の歴史しかない。それ以前は暴力以外に軋轢の回避の方法は無かっただろう。集団間の軋轢には限らない,個同士の戦いも暴力が唯一の方法だったと考えられる。
 言語や文字が十分に発達したのちも,軋轢の解消はまず暴力だった。戦争そのものを規制するまたは違法化するというプランはサン・ピエールの永久平和論(1713)でようやく見ることができる。国際条約として戦争の違法化という動きは,第1次世界大戦以降である。つい20世紀まで前半まで軋轢を解消する方法はまず暴力だった。
進化の歴史を考えると,対話による紛争・軋轢の解決は,非常に新しい特殊な手法であり,戦いイコール暴力というのが,人類に限らず動物が共通に持つ性質ではないだろうか。戦争は,フィクションによる集団の衝突という人類の性(さが)と,軋轢を暴力によって解決するという動物の本能が相まって起きる現象と言えるのかもしれない。

戦争はなくせるのか 
 戦争が人類の本能ではないにしても,性(さが)であれば,戦争を止めるためにはなにがしかのメカニズム,抑止力,が必要だろう。人類を滅亡させる能力を持つ核による抑止は,その最たるものであろう。戦争の個々の原因を分析し,それを元に戦争をなくすような議論は多く行われている 。しかし「人類がフィクションのもとによって大きな集団として行動する能力」が戦争の根原ならば,個々の戦争の原因追求は根本的な解決にはつながらない。

 日本史を振り返ると,江戸時代は約260年にわたって大規模な戦闘が無い状態が続いていた。これは諸藩に対する徳川幕府の強大な軍事力,すなわち徳川幕府に対して攻撃を仕掛けても無駄であるという拒否的抑止力による無戦争状態とも考えられる。実際,幕府の力が弱まり拒否的抑止力が失われると内乱が生じた。だがその内乱の規模は限定的だった。外国からの侵略圧力に対抗するため,国内を一つにまとめる必要が生じ,「日本国」というフィクションによる統合が行われたからだ。現在の日本で内乱は考えられない。しかし,明治維新からまだ150年である。徳川幕府260年より100年以上も短い。なぜ日本が再分割することを想像できないのか? それは,諸外国との外交関係によって日本というフィクションが強固に確立しているからではないだろうか。

 ならば地球全体が一つの社会として再構成されれば,地球上の戦闘はなくなるかもしれない。歴史をみると,人類全体は大きな集団へと統合つづけていると考えることはできる 3)。それが地球全体を覆うことはあるだろうか。近年,英国のEU離脱,米大統領の言動,フランス国民連合の興隆にみられるナショナリズムは,地球市民の実現には逆行している。明治維新の類推では,宇宙人の侵略があれば,地球人と言うフィクションによる統合があり得るかもしれないが,ちょっと現実離れしている。

フィクション再び
  5)は,フィクションを2つに分類している。一つは宗教(religion),もう一つをスピリチュアル(spiritual)としている[6]

Ÿ   宗教は,教義(法律)を定めそれを信じる(従う)ものとされる。キリスト教やイスラム教など一般的な宗教もあれば,社会主義(国家),民主主義(国家),資本主義なども物理的な存在では無いと言う意味でフィクションであり,それを信じて活動しているものにとっては宗教である。

Ÿ   スピリチュアルは,何かを追い求めるフィクションという定義である。我々とは何か?存在とは何か?などの哲学,自然の真理を探究する科学もこの範疇だ。(精神も規則や法則を作ってそれを守る(信じる)ということになれば宗教となる。)
 
 現代社会で,世界を支配しているフィクションは宗教である。戦争は宗教間(国である事が多い)の戦いだ。それに対し,スピリチュアルは宗教と直交しそれらを貫くフィクションとなり得る。自然科学の探究という名のもとに,国や(狭い意味での)宗教を超えて人々が協力する理由をここに見ることができる。しかし残念なことにスピリチュアルというフィクションは世界を覆って戦争を無くすほど大きく強固なものにはなっていない。ここに宗教とスピリチュアルの大きな違いがある。スピリチュアルは何かを探究し解を追い求めるフィクションである。一方宗教は教義を定め,これに従えば現世だけでなく後世においても幸せになる,という答えを授けるフィクションだ。人は,答えを,言い換えれば救いを授けてくれるものに集まる。科学のようなスピリチュアルが世界を覆うことは想像しがたい。

 現在でも宗教によらずほぼすべての人類が共有しているフィクションは存在する。貨幣である。どの国家の住民も,米国を敵視するテロリストさえも米ドルを信じている。貨幣の価値を信じてそれを追求する活動,経済は世界共通のフィクションとして抑止力となりうるだろうか。
 さらに現代では,一万年の間戦争の大きな要因となった土地の意味が薄れている。現在でも石油など化石燃料は土地に固有の大きな財産だが,他方で知的財産(これもフィクションだ)が人類の財産の大きな部分を占めている。知的財産は土地とは無関係だ。アメリカのシリコンバレーは情報技術の世界的中心だが,シリコンバレーという土地に価値はない。フィクションが戦争の要因自体を変える時代が近づいているのかもしれない。

だから?
 一万年に及ぶ不断の戦争の歴史が教えることは,戦争を防ぐにはそのためのメカニズムを作らなければならないと言う事だ。 核兵器による抑止力か? それに代わる何らかの抑止力か? 地球市民を創り出す新たなフィクションか? 経済がそれを担うことができるのか?
  近年のナショナリズムは,地球市民の実現には逆行している。米大統領の保護貿易主義による自国の利益の囲い込みは、戦前のブロック経済をも連想させる危険な行為だ。地球人というフィクションによる一つの世界の実現が当面期待できないならば,外交戦略によって戦争抑止のメカニズムを構築する必要がある。しかし,その具体は難しく混沌としている事は,中東や朝鮮半島の状況が示している。
一方でインターネットやAIの発展,それと相まった経済による世界の緊密な繋がり[7],知的財産の拡大による土地と財産の関係の変化は,人類社会を大きく変革しようとしている。その速さと大きさは過去一万年の変化以上かもしれない。これらが核も戦争もない世界を創り出す新たなフィクションへと繋がっていく可能性はあるのだろうか。
 
付記
  短い文章だが,付記を残しておきたい。この小論では,核兵器の存在や戦争の原因を議論するように努めた。議論は抽象的になり具体性は薄れる。その結果,戦争や核兵器のもう一つの本質である,その行使が作り出す現実が隠れる。外交戦略や核による戦争の抑止の議論に個々の人の姿は見えない。原爆が投下された下では何が起こったのか,戦争の最前線では何が起きているのか。戦争の悲惨さは実際に戦争を体験した方々にとって最も重要な事柄であり,戦争抑止の原動力だ。しかしそれは,戦争を抑止するための必要条件であっても十分条件ではない。一万年の戦争の歴史が示す事実である。この相反する側面をどの様に融合して,戦争の無い世界に向かうことができるのか,筆者は答を持っていない。

1)人はなぜ戦うのか~考古学からみた戦争~                                    松木武彦
2)新・戦争論                                                                                伊藤憲一
3Sapiens: A Brief History of Humankind                                       Yuval Noah Harari
4)  暴力はどこからきたか                                             山極寿一
5Homo Deus: A Brief History of Tomorrow                                   Yuval Noah Harari
6More On War                                                                            Martin van Creveld




[1] 第1次,第2次世界大戦ともに犠牲数には幅があるが,http://necrometrics.com/20c5m.htmによると,第1次世界大戦は1,500万人,第2次世界大戦は6,600万人となっている。
[2] 戦争とは何かという定義も課題となる。本稿では直接の面識を超えて形成する大きな集団間の戦いを戦争として取り扱っており,通常は紛争と呼ばれる規模のものも含む。(「実態のないもの」の項を参照)
[3] 1950年代の認知科学の発展とは別の話。
[4] ネアンデルタール人の絶滅とホモ・サピエンスの関係は定かではない。ホモ・サピエンスがネアンデルタール人のテリトリーを浸食し結果としてネアンデルタール人が絶滅したのか,ホモ・サピエンスに攻撃されて滅んだのか3)。後述するように,ホモ・サピエンスの歴史に戦争が登場するのは,ネアンデルタール人の絶滅(二万数千年前)の後,約一万年前だ。
[5] 支配者層はそのための意識的にフィクションを創り出し喧伝することもある。
[6] spiritualの訳語は精神などだが,ここでの意味を反映しない。そのままスピリチュアルと表記する。
[7] 例えば米国大統領のツイートによる株の乱高下はこれを象徴している。

2016年11月4日金曜日

IEEEカンファレンス企業展示

2016年10月29日から11月5日まで,フランスのストラスブールでIEEE NSS/MICカンファレンスが開催されています。IEEEは電子工業関連の学会ですが,広い範囲に渡って活動しています。馴染み深かいところでは、WiFiの規格で目にするa, g,なども, IEEE802.11a,IEEE802.11gというIEEEの規格です。IEEE NSS/MIC は素粒子原子核・宇宙物理学と医療イメージングの合同コンファレンスです。(NSS=Nuclear Science Symposium, MIC=Medical Imaging Conference) 今回は、先端加速器科学推進協議会(AAA)の会員の6社2団体*の皆さんと,企業展示に参加しました。私は企業に所属していないし,企業展示そのものが全く初めてだったのですが,どういう経緯か,訪問団の取りまとめ役を仰せつかることになりました。準備の段階からいくつか分からないことがあったり,実際の会場の様子は行って見ないと分からなかったり,ぶっつけ本番の様子がありました。実際に来てみると,発注したいくつかの物品が届いていないなどいくつかトラブルはありましたが,なんとか準備を終えることができました。

会場のストラスブールコンベンションセンター

ストラスブールのトラム。これで会場に通い ました。

 カンファレンスの初日の全体セッションでは,日本からリニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟の伊藤議員,階議員,岩手県立大学の鈴木学長が国際にリニアコライダー(ILC)について大変力強いメッセージを発信しました。その後,場所を移して行われた,日欧の研修者と政府関係者の会合でもとても有意義な話し合いが行われたそうです。

 企業展示の会場はコンファレンスに出席者がコーヒーブレイクの時に通りかかるように工夫されていて,多くの方が展示ブースを回っています。私たちの展示にもたくさんの人が訪れてくれました。中でも,東北ILC推進協議会のブースは3日間で250名を超える方がアンケートを記入してくれました。会議全体の参加者が2,500人くらいとのことですから,1割の方がアンケートに答えてくれたことになります。訪れてくれた方はもっと多いでしょう。

企業展示会場入り口の大きな看板。

東北ILC推進協議会のブース準備ができたところ。
IEEEの参加者は素粒子原子核関係者だけで無く,医療分野の方も多くいます。ILCについて知らない方も多い一方,話をすると分かってもらえる方が多く,産学が連携して先端加速器の開発に関わっていることやILCの実現に向けて活動していることを,素粒子物理学の枠を超えた方々に知ってもらえる良い機会だっと思います。カンファレンスにはAAA会長の西岡三菱重工業会長も来られており,企業展示では各社のブースで記念写真を撮りました。良い記念になったと思います。

西岡AAA会長,鈴木岩手県立大学長(AAA副会長),
ティトフIEEEカンファレス議長を囲んで記念撮影
企業展示の合間に,このカンファレンスの議長のマキシム・ティトフさん,マーク・ウインターさんと日本とヨーロッパの産学連携の強化について話をしました。来年ヨーロッパで開催されるリニアコライダー研究会( LCWS2017)で,日欧の企業セッションを行う相談をし,その具体化に向けて12月に盛岡で開催されるLCWS2016で引き続き相談することを約束しました。
盛岡のLCWS2016でも企業セッション,企業展示をおこないます。今回のストラスブールの経験をもとにより魅力的な企業展示を行いたいと思います。

 ストラスブールは, 大聖堂を中心とした旧市街が世界遺産になっているとても美しい街です。大聖堂を中心に多くの観光客で賑わっています。私も短い時間ですが街を歩くことができました。トラムを中心として市内交通も整っており、観光客にも優しい街です。まだ最終日を残していたのですが、11月2日の晩に,参加した企業のみなさんと夕食会を開きました。大聖堂のすぐ横の人気店で楽しいひとときを過ごしました。

夜のストラスブール大聖堂
世界遺産。ストラスブール旧市街
私自身は企業展示の経験は全くありませんでしたが,出席者の皆さんのおかげでなんとかうまくいったと思います。もちろんトラブル無しと言うわけにはいきませんでしたが,皆さんの臨機応変な対応で乗り越えることができました。帰国すると,盛岡の研究会まで後一月しかありません。今回ストラスブールで一緒に参加した方に盛岡でもお会いすることになります。それも楽しみです。

おまけ:

 帰国の日,私も含め多くの皆さんは,ストラスブールからバスでフランクフルト空港へ向かいました。フランクフルト空港から同じ便で羽田へ向かうメンバーの中で私だけ遅いバスで空港で向いました。乗り継ぎ時間が1時間しかなくちょっと心配でしたが,案の定バスが遅れて私だけ,羽田便に乗ることができず。フランクフルトで1泊。1日遅れての帰国となりました。

*企業展示出展企業・団体(50音順)
樫山工業株式会社
株式会社フジクラ 
先端加速器科学技術推進協議会
大陽日酸株式会社
東北ILC推進協議会
三菱重工業株式会社
三菱重工メカトロシステズ株式会社
三菱電機株式会社


2016年9月19日月曜日

PosiPol2016

 2016年9月14日から16日まで、LAL(線形加速器研究所)で、偏極陽電子源研究会(PosiPol2016)が開催されました。研究会のタイトルのとおり、もともとは偏極陽電子源の開発として2006年に始まったのですが、最近では陽電子源全般とそれに関連する技術という広い範囲のトピックを取り扱っています。また、ILCやCLICなどのプロジェクトに特化した技術の議論もしています。
LALはパリ市から電車で30分位のオルセー村にあります。パリ市内から3日間電車(RER B線)で通っていました。
 

   


今回の研究会では、10周年を記念して Luis Rinolfi氏が過去10回の研究会のレビューをしました。2008年の広島での開催の話も、私自身が 見せたことをすっかり忘れていたスライドを使うなど、詳しく紹介してくれました。その時は、会議直前にヨーロッパのアメリカで予算の削減に見舞われ、当初60名以上の参加予定だったのが20名少しになってしました。懇親会は広島湾のクルーズ船を借り切ったのですが、会社の方にこんな少人数での貸切は初めてといわれました。今となってはよい思い出です。

この研究会は伝統的に少人数で、講演時間も質疑の時間をたっぷりとって議論するようにしています。ここ数年は、ILCの陽電子源開発のことが重要なトピックになっています。今回も時間をかけて、問題点の検討、協力作業体制などじっくりと議論を行いました。
写真はつい最近発売された、ハローキティ×サイエンス Tシャツをきて、12月に盛岡で開催されるリニアコライダー研究会(LCWS2016)の紹介をしている、KEKの大森さんです。

研究会の催しは、パリ市内にある自然博物館の見学と懇親会でした。自然博物館は生物の多様性と進化に関する展示を中心とした大きなところでした。案内の方の詳しい解説とともに、たっぷり2時間近く見学をしました。
博物館にあったドードーの貴重な剥製

懇親会から歩いて帰る途中に通ったパンテオン。キュリー夫妻やラグランジュなどの科学者、ユーゴーやルソーなどフランスの誇る著名人が埋葬されています。

3日間という短い研究会でしたが、じっくりと議論をし、宿題もでました。次は12月に盛岡で再開します。その時までに宿題にとりくまなければ、、

LALのカフェテリアでの昼食。この日は山盛りのムール貝。




2016年8月29日月曜日

飛行機の中で放射線測定

   昨日2016年8月28日,グラショー博士の講演会出席のため東京に行ったのですが,行きの飛行機の中で放射線をやってみました。
 高度が高いところでは宇宙線が増えるので,飛行機の中で放射線を測定するとその様子をを見ることができます。 これまでに2度,2007年と2011年に広島ー羽田間のフライトで測定したことがあります。そのデータはこれまでも,講演会などでお見せしたことがあります。ですが,その頃は離着陸の時は電子機器の電源を切らなければなりませんでした。2014年に規定が緩和されて,電波を出さない機器は電源を切らなくてもよくなったのですが,緩和後は測定を行ったことがありませんでした。ちょうど前日の27日に高校生向けのイベント,ひらめき☆ときめきサイエンスを行いました。その時,放射線測定の実験をするために,放射線測定器を「はかるくん」を借りたのでそれが手元にありました。週末にかかったので返却には1日余裕があります。そこで,「はかるくん」を持って飛行機に乗ることにしました。

はかるくんCP-100 (クリアパルス社製です)

 飛行機乗ってる間,数分ごとに測定値をメモしなければいけません。周りの方からどう見られるかとちょっと不安だったのですが,幸い?なことに日曜日の朝,羽田行きのフライトは空席が多く,隣の席も空いていました。まわりに怪しまれることなく?数値をメモすることができました。
 搭乗してから羽田空港に着くまで約1時間,1分毎にひたすらノートに書き続けました。

測定結果をグラフにしたのが下の図です。
高度のデータもほしかったのですが,あいにく搭乗したフライトのデータはwebにありませんでした。前日の同じ便のデータをFlightAwareから入手できたので,離陸時間を合わせてグラフに載せましたが,巡航高度が同じかどうか分からないので目安です。



 広島空港のゲートゲートで大体0.08マイクロシーベルト毎時(μSv/h)位の放射線量があります。これは主に建物の壁や床から出てきているガンマ線です。土中にはカリウムという元素が含まれていますが,天然のカリウムの約0.0117%はカリウム40と言うガンマ線を出す放射線同位元素です。地上やコンクリート製の建物の中にいるときは,そのガンマ線を浴びることになります。飛行機乗ると少し減ります。これは壁に囲まれていないのと,地面から遠ざかったためと考えられます。乗った飛行機(B767 )の機体はほぼアルミ合金なのでカリウム40を含んでいません。

 離陸すると地面から遠ざかるので地面からのガンマ線は来なくなります。低高度では,宇宙線中のガンマ線は少ないため,「はかるくん」の表示は一時的に減少します。しかし上昇するにつれて宇宙線中のガンマ線も増えて行きます*。

 離陸してしばらくすると,巡航高度になります。このフライトの巡航高度は分からないのですが,入手できるデータ(前日の同経路)は3万9,000フィートでした。広島空港から羽田空港のフライトでは巡航時間は時間は20分くらいしかありません。

 巡航が終わって羽田空港へ向かって高度をさげ始めると放射線量も減ってきます。下降するときは上昇に比べて少し時間をかけて降りて行きます。それと羽田空港へおりるときは海の上を飛行します。なので宇宙線中のガンマ線の寄与がほぼなくなって,かつ大地からのガンマ線の寄与が少ない時間が長くなります。

 着陸すると大地からのガンマ線によって線量は,0.02μSv/hくらいになります。これは広島の時とあまり変わりません。飛行機から降りて空港のターミナルビルの中に入ります。羽田空港ではその時も0.02μSv/hくらいです。これは広島空港と少し違います。広島空港では0.08μSv/hくらいでした。羽田空港の方がかなり低いです。空港のビルに使われているコンクリートの砂の違いだと考えられます。西日本の地質は花崗岩質であることが知られています。花崗岩にはカリウムが含まれているので,ガンマ線が多くなります。それを反映して大地からのガンマ線の量は日本に比べて西日本の方が多いということがわかっています。コンクリートの材料である砂も同じ理由で西日本の方が多くカリウムを含んでいるのでしょう。今回の測定もそのことを反映していると考えられます。

 電子機器の使用条件が緩和されて以来ずっと考えていた,機内での放射線測定を行うことができました。これで離陸から着陸まで切れ目のないデータをとることができました。帰りのフライトでも測定しようと思っていたのですが,残念ながら帰りのフライトは満席。たくさんの人がいるなかではかるくんを見ながらながらメモをすると勇気がありませんでした。それはまた次の機会にと思います。


* 「はかるくん」はヨウ化セシウム(CsI)を使ったシンチレーションカウンターです。ガンマ線を測ることができます。マイクロシーベルト毎時(μSv/h)という単位で測定値を表示しますが,この値はガンマ線に対して校正されています。高度0の場所では,宇宙線中のガンマ線は少ないため,「はかるくん」の値は壁や床からのガンマ線の量を反映しています。
 宇宙線の組成は高度によって変わります。地上ではほとんど,ミュー粒子や電子ですが,高度1万メートルでは中性子や陽子が多くなります。「はかるくん」は宇宙線中のガンマ線を測っていると考えられますが,放射線量は中性子や陽子などの寄与の方が大きくなります。測定値から宇宙線が増えていることは分かりますが,線量を正しく表示することはできません。誤解を招かないように,グラフの縦軸は任意単位と書きました。それでも定性的に放射線量の変化を観測することができます。

参考までに,宇宙天気情報センターによる2016年8月28日の太陽黒点数とFlightAwareの高度データ(巡航高度39,000フィートと仮定)をEXPACSという航空機放射線量計算ソフトに入力して,このフライト中の宇宙線からの実効線量を計算すると,1.16μSvでした。


2016年7月30日土曜日

サイエンス×ハロー キティ

 2016年7月27日、東京六本木の国際文化会館で、ILC東京イベント2016が開催されました。このイベントは、素粒子物理学のプロジェクト、国際リニアコライダー(ILC)計画を多くの方に知ってもらおう(目差せ100万人)ということで開催されたのですが、それに先立ってサイエンス×ハロー キティの発表がありました。
サイエンスとキティちゃんという異色の組み合わせですが、キティちゃんと宇宙の原理を記述する方程式をデザインした、キーホルダー、ボールペン、クリアファイル、そしてTシャツが発売されます(8月中旬の予定)。

なぜ、キティちゃんとILCなのでしょう?

素粒子物理学は、一般の方にとってかけ離れたイメージがあります(イメージではなくて本当にそうなのでしょう) 。一方で、その研究は、大きな施設、巨額の投資を必要としています。研究を行うためには研究者,科学者,官庁関係者だけでなく,広く一般の多くの方の理解が必要不可欠なのです。私達もそのことを重視して,努力をしてきました。本を書いたり,学校を訪問したり,講演会・サイエンスカフェを開催したり,,。ですが,まだ多くの方に知られているとは言えない状況です。そこで,これまでとはひと味違った方法を試みようとしています。その一つがサイエンス×キティです。発表会見では,リニアコライダーコラボレーション(LCC)ディレクターのリン・エバンスさん,副ディレクターの村山斉さんが,キティちゃんのTシャツを着て登場してキティちゃんと記念撮影となりました。

さすがキティちゃんです。この話題をfacebookページ投稿したところ,3日で2000人近い方が見に来てくれました。yhahooニュースを始め,ネットのニュースにも取り上げて頂くことができました。

今後,いろいろなイベントなどでサイエンス×キティグッズが並ぶことになります。沢山の方に親しみを持って頂くきっかけになれば良いと思います。


キティちゃん記者会見の後はILC東京イベントでした。このイベントにも,これまで私達が行ってきた講演会などではあまりおめにかかることがなかった,経済界,IT関連,作家,芸術家の方々に来て頂きました。
前半のシンポジウムでは,エバンスさん村山さんがILCの目指すことやその意義ついて,分かりやすく方ってくれました。村山さんの「異なる宗教や文化はもちろん,政治的に対立している国々からの研究者が宇宙の真理を探るために一緒に研究している」という話は特に印象的でした。
後半は,来て頂いた皆さんと研究者がリラックスした雰囲気で語りあう懇親会でした。実は,ILCのリーダーのリン・エバンスさんや村山斉さんの他にも,高エネルギー加速器研究機構の機構長の山内正則さんをはじめ,日本の素粒子物理業界のリーダー的立場の研究者が集まっていたのです。短い時間でしたが会場のいたるところで宇宙や素粒子の話題に花が咲いていました。

このイベントがILCをもっと多くの方に知って頂く機会になるとよいと思います。






2016年6月5日日曜日

サンタンデールに行ってきた

ヨーロッパ国際リニアコライダー研究会出席のため、スペインのサンタンデールに行きました。今、帰国途中、ビルバオ空港でミュンヘン行きのフライトを待っています。ミュンヘン 乗り換えで羽田へ、そこから更に広島へと長旅は続きます。(すでにここまで、サンタンデールからバスで3時間くらい)
サンタンデールという町は全く知らなかったのですが、スペイン北部、海岸沿の保養地です。スペインでの研究会に出席するのはこれで3回目ですが、最初はバルセロナ近郊の保養地(シッチェス)、その次はアルハンブラ宮殿で有名なグラナダと、いつも良いところで開催されます。

研究会はリニアコライダーの物理と加速器についての議論が趣旨ですが、今回私は日本ースペインの科学産業の協力強化を目指した、産業セッションをスペインの方々、日本の企業の方々と協力して行いました。5月13日に東京のスペイン大使館で開催した、ワークショップに続く第2回です。日本からスペインはさすがに遠く、多くの日本企業の方の出席とはいきませんでしたが、それでも3社の方が日本から出席しました。そのうちの1社の方は、セッション当日のお昼過ぎに空港に到着、そこからタクシーを1.5時間とばして会場に駆けつけるという強行軍でした。
当日、午前中はサンタンデール近郊の企業の訪問、午後はセッションです。並行してリニアコライダー研究会でも並行して会合が行なわれていることもあり、どのくらいの出席があるか心配していましたが、午前の企業訪問は40名近く、午後も日本語ースペイン語の同時通訳にもかかわらず、研究会に来ている日本、スペイン以外の研究者も多く会場に来ていました(会場に来てから日本語ースペイン語で行われる事をしって驚いたのが実情?)。5月のスペイン大使館に続いて、今後の日本ースペインの科学産業分野の協力を強化するきっかけとなったと思います。最後にセッションで講演したかた全員に記念品が送られました。日本とスペインの交流400年を記念した10ユーロ硬貨です。私にも、ということで ありがたく頂戴しました。


セッション後は、主な出席者の皆さんと食事会。こちらの夕食会はいつも夜遅くから始まります。今回も午後9時から日が変わる頃まで続き、時差ぼけの残ってる日本人出席者の中に疲れの見える方もいましたが、それにも増して楽しいひとときでした。
日本から来た企業の方は翌日午前からスイスのジュネーブに向けて移動という強行軍。お疲れ様でした。

  今年の1月から、スペインの研究者や産業界の方と準備を進めてきました。ひとまず役目を終えることができたかと思っていたのですが、、、、今後もさらなる発展を目指して議論を続けることになりました。スペインの皆さんとの密な付き合いはまだ続きそうです。

今回いっしょに働いたスペインの研究者の方から、ワインをいただきました。なんとその方の手製。ラベルがいかにも物理研究者らしかったので、ラベルを作っのかときいたら、中身も自分で作ったとのことと。帰国してから味見がたのしみです。

2016年5月22日日曜日

遠近コンタクトとめがねを両方使うと?

数年来,遠近コンタクトレンズと遠近めがねを使っている。昼間はコンタクト,夜はめがねだ。しかし,「近」の方がそれほど強くなかったので,遠近を使っているという感じはそれほど無かった。それと,コンタクトは交代視のハードレンズ,これは,視線を動かして,遠いところを近いところを見分けるタイプ。遠近めがねも同じなので,両方つかっていても違和感はなかった。

だが,今年になって続けざまに2回,コンタクトレンズを紛失した。紛失の場合,割引価格で新しいものを購入できる契約だったが,続けて2回はちょっとショック。そこで,2週間追捨てのソフトレンズに変えた。ついでではないが,よる年並みには勝てず近い方ももう少し強くなった。

 ソフトタイプの遠近コンタクトレンズは,同時視という方法で遠近を見る。レンズ上の遠用部と近用部が近接していて,網膜上には遠用部,近用部が同時に像をつくる。後は,脳がピントのあった方を認識するということだ。そんなことをあるのか?と思うが,視線を動かさなくても,遠近両方見えるのは確かだ。
 
 コンタクトレンズを代えて最初の1週間は快適だった。コンタクトショップでは,「慣れるまで時間がかかるかもしれない。ハードから変えたので,徐々に角膜の形が変わって見え方も変化するかもしれない」と言われていた。しかしそんなこともなく,問題無さそうと思ってら,1週間を過ぎた辺りから頭痛がでるようになった。特に近いところ見るときにひどい。どうなるかと思ったが,さらに1週間くらいたつと,少しずつ改善してきた。このままでも大丈夫かと思ったが,念のためコンタクトショップで検査してもらって,遠用の度をすこしおとして近い方との差を小さくすることにした。それでも遠方視力は両眼で1.2くらいあるのでOKだろう。

ところで,ソフトコンタクトは2週間使い捨てタイプにしたが,もちろん2週間はちゃんとケアしなければならない。毎日のケアはハードレンズと比べるとちょっと手間がかかる。海外出張時の長時間のフライトとその後移動などの時は,めがねの方が良いだろう。今まで使っていためがねは夜室内で使うことが主な用途だったので,遠方視力を弱めにしているし,フレームもごつい(安いもの)。思い切ってめがねも新調することにした。今度は,遠方視力も乱視もきっちり調整。近いほうも少し強くした。
 
 遠近めがねというのは,累進レンズをつかっている。レンズの中央から上部が遠用,下部が近用になっていて視線を動かして見る仕組みだ。一方,遠近ソフトコンタクトは同時視タイプ。それにソフトコンタクトレンズには乱視の矯正は入っていない(遠近ではできないらしい)。つまり,昼間使うソフトコンタクトと,夜使うめがねでは,見る原理も矯正の度合いも方法も違っている。今日新しいめがねができたので,数時間使っている。新しいめがねの度になれてきたところだ,累進レンズ上の視線の動かし方は,もう少し慣れる必要がりそうだ。
明日の朝,同時視タイプのコンタクトレンズをつけたらどうなるのかな?

自分の体で人体実験やってるみたいだ。。