2013年9月10日火曜日

なぜマイナーコードは寂しいの?


 私たちの研究室では毎年,夏の学校と称する研修を行っています。日頃の研究テーマと関連していてしていなくても良いので,院生もスタッフも何か科学に関する話をすることしています。(4年生だけは,卒業研究の話です。)毎年何について話すか,悩ましいのですが,今年は,音をテーマにすることにしました。きっかけはTEDで聞いたこの話です。

メジャーコードとマイナーコード
メジャーコード(長調)は明るく,マイナーコード(短調)は寂しく響くと言われます。YouTubeにもいろいろな曲をメジャー,マイナーで聞き比べ投稿がみつかります。例えば有名なアニメのテーマソング: ヘ長調(Fです。ヘ短調(Fmにしてみます。財布を忘れても平気という雰囲気ではないですね。もう一つ,ベートーベンの悲愴の冒頭です。変イ長調(Aです。変イ短調(Am)にしてみます。悲愴というより悲惨?でしょうか(演奏が下手だから悲惨は別にして)。

この違いは何故できるのでしょう。まずメジャーコートとマイナーコードの違いをおさらいです。
現代音楽はAの音440Hzを基準としていますので,そこから考えましょう。Aコードはイ長調のドミソ,鍵盤上で表すと,こうです。

 

図1 和音:Aコード(左)とAmコード(右)のピアノの鍵盤での位置

左から2番目の音が半音下がっただけですね。ピアノの音で聞いて見ましょう。A, Amの順番です。Amの方が寂しげな音がしますか?

音階とコードの話。
 ところで,先ほどA440Hzと言いましたが,他の音はどうなっているのでしょうか。現代の音楽で最も使われているのは,平均律という音階です。音の高さを考える時には,オクターブが基本となります。1オクターブというのは,周波数が2倍,A440Hzの時その1オクターブ上のA880Hzです。平均律では,1オクターブの間が同じ比率になるように12段階に分けています。
つまり,基本の音を440Hzとすると




メジャーコードはn=0,4,7を一緒にならします。マイナーコードは,n=0,3,7です。
具体的に,Aコードは
A        440Hz
D     554.365Hz
E        659.255Hz

Amコードは
A       440Hz
C:       523.251Hz
E:       659.255Hz
となります。AAmの違いはDCの違いたった31.1Hzです。この違いが,AAmの響きの違いを作っているのです。不思議ですね。

音色について
 ところで,メジャーコートとマイナーコードの響きの違いは楽器だから現れるのでしょうか。Aの音440Hzと言いましたが,440Hzの単純な音(シングルトーン)というのはこんな音です。楽器の美しい響きとは少し違います。(ちなみに,NHKの時報の音。プッ,プッ,プッ,プーンのプッは440Hz,プーンは880Hzです。)ピアノのAの音はこのように聞こえます。シングルトーンとピアノの音の違いは,周波数のスペクトルです。ピアノのA音は純粋な440Hzではなく,そのオクターブ上,2オクターブ上など,倍音がいろいろな比率で混じっています。その様子を周波数スペクトルで表すとこうなります。

    

図2 ピアノのA440zHz)のスペクトル(左)と440Hzシングルトーンのスペクトル(右)。横軸は周波数,縦軸は音の強さ。ピアノの音は,440Hzだけでなく,その整数倍の周波数の音が混じっています。

それでは,メジャーコードとマイナーコードの響きが違って聞こえるのは,楽器の音が複雑なスペクトルを持っているからなのでしょうか。ADEACEに相当する周波数のシングルトーンの重ね合わせではどうなるのでしょうか? それもやってみます。
ピアノの時とは大分違いますが,メジャー,マイナーの響きの違いは十分に聞き取れます。つまり,楽器のように複雑な音でなくても,マイナーコードとメジャーコードの違いはでてくるようなのです。

マイナーコードとメジャーコードの解析。

まず,音のスペクトルをみてみます。

 

図3 シングルトーンの音3つで作ったAコード(左),Amコード(右)のスペクトル。横軸は周波数,縦軸は音の強さ。

Aコードは(440Hz554Hz659Hz),Amコードは(440Hz523Hz659Hz)に対応する3つの山があります。AAmで山の間隔が違いますね。この辺りにヒントがありそうです。今度は音波の波形を見てみましょう。

   

図4 Aコード(左)とAmコード(右)の音波の波形。横軸は時間,縦軸は音波の振幅。

どうでしょうか。AコードもAmコードも,等間隔の波,つまり一定の周波数の振動が見えますが,Aコードの方がよりはっきりとわかります。この振動は二つの周波数の異なる波が混じったときにおこる“うなり(ビート)”と呼ばれるものです。詳細は下記,“おまけ”を見てください。

平均律と純正律
 もう一度スペクトルを見てみましょう。ぱっと見て分かるように,A3つの音の周波数がほぼ等間隔に並んでいるのに対して,Amは偏っています。この違いが音波の波形の違いをつくります。これが本質だと思うのですが,Aの波形もいまいちきれいではない(図4左)。その原因は何でしょうか。前に言いましたように,現代音楽の音階は平均律で作られています。すべての隣同士の音の周波数比が一定です。それに対して純正律という音階があります。これは,音の周波数の比が簡単な整数で表せるようにしたものです。こちらの方が,和音にしたときの関係はよく分かります。平均律と純正律をまとめたのが下の表です。

 表1 平均律と純正律の周波数の比の表。
音程(Aから
平均律の周波数比
純正音程
完全1度   A
 = 1
1
短2度     B
 = 21/12  ~1.0594
16/15 ~ 1.067
長2度      B
 =  21/12  ~1.122
9/8   = 1.125
短3度   C
 =  21/12  ~1.189
6/5    = 1.200
長3度   D
 =  21/12  ~1.256
5/4     = 1.250
完全4度  D
 =  21/12  ~1.133
4/3    ~ 1.333
減5度   E
 =  21/12  ~1.414
7/5    = 1.400
完全5度  E
 =  21/12  ~1.498
3/2     = 1.500
短6度   F
 =  21/12  ~1.587
8/5     = 1.600
長6度   F
 =  21/12  ~1.682
5/3     ~ 1.667
短7度   G
 =  21/12  ~1.782
16/9   ~ 1.778
長7度   A
 =  21/12  ~1.189
15/8 = 1.875
完全8度  A
 = 2
2






















純正律では,3つの音の周波数比が
    Aコードは 1 : 1.25 : 1.5  440Hz550Hz660Hz
 Amコードは 1 : 1.2 1.5440Hz528Hz660Hz
となります。スペクトルはこうです。

   

純正律のAコード(左)とAmコードのスペクトル。平均律のときより違いが分かりやすいですね。

Aコードは周波数がきれいに等間隔に並んでいることが分かります。3つの周波数が等間隔だけでなく,それぞれの周波数がその差(110Hz)の4倍,5倍,6倍と,うなりの周波数の倍音になっているのです。その様子は,音波の波形にも現れます。

   

純正律のAコード(左)と,Amコード(右)の音波の波形。平均律に比べて,よりはっきりと違いがわかります。

Aコードの方がきれいな波になっていますね。音の違いはこんな感じ。

ちなみに再掲

私の耳では,あまり違いは分かりません,みなさんはどうですか?

結局?

 マイナーコードは何故寂しいのか? 結論は,皆さんにお任せします。メジャーコードの方が,コードに含まれる音階の周波数の差が倍音の関係になっている(近い)ということは言えるようです。寂しいとか明るいというのは,単純にいえることではありませんが,マイナーコードとメジャーコードの違いが数値的もあるのは確かなようです。


おまけ1,2音のうなりと,不協和音

 2つの音をまぜると,“うなり”が聞こえます。二つの音の周波数の違いによって聞こえ方は様々,あるときは耳障りの良くない不協和音,あるときにはそれもどでもありません。その効果がマイナーコードとメジャーコードにも影響するのでしょうか。考えてみます。まず“うなり”について。


うなりの様子を音の波形はみましょう。

  








 

上図は青(100Hz)と赤(125Hz)の二つの波をそのまま重ねて書いたもの。下図ははそれら二つの波の足し算した波形。

二つの波を足し合わせた下図が,実際に聞こえる状況です。大きなうねりが見えますが,これが“うなり”を作ります。大きな山と山の間隔は足し合わせた二つの波の周波数の違いに周期に対応します。(周期が周波数の違いの逆数になっています。)このように周波数の異なる波が重ね合わさると,その対応するうなりが生じます。これが実際にどのように聞こえるのかやってみましょう440Hz440Hzから600Hzを連続的に変えながら重ねてみました10秒つづきます。) 二つの周波数が非常に近い時は音の強弱の変化が聞こえますが,離れるにつれて,次第にブザーのような耳障りな音になります。もっと離れると,二つの周波数は分離して聞こえてきます。よ~く聞くと,二つの周波数の差に対応する低い音が聞こえるのがわかるでしょうか。

分かりやすいようにいくつかの音の組み合わせでやってみます。
 音の強弱が聞こえます。うなりという表現にぴったりですね。
 強弱の変化は聞き取れなくなり,ブザーのような音です。
ACに相当します。先ほどの440Hz460Hzの時のように耳障り(不協)な感じはないと思います。いかがでしょう。
ADに相当します。440Hz552Hzの時とは,聞こえ方は違いますが,こちらも耳障り(不協)とは違うと思います。

いかがですか? 一番耳障り聞こえたのは440Hz460Hzではないでしょうか。音階のACに相当する440Hz523Hzと,AD440Hz554Hzの違いはどうでしょう。もちろん違って聞こえますが,どちらが不協といは言い難いと思うのですが,いかがでしょうか? 実は2音の場合の不協具合を調べた研究があります。詳細は小川厚さんの「音律と音階の科学―ドレミ…はどのようにして生まれたか」にあるということですが,読んでいません。ごめんなさい。周波数の違う2音を同時に聞いた時に,ある程度離れたところで不協に聞こえ,それ以上離れるとだんだん不協和音には聞こえなくなるらしいのです。ACADも不協に聞こえるよりも離れているようです。つまり,マイナーコードとメジャーコードの響きの違いは2音の不協度ではないようなのです。

おまけ2: 平均律と純正律のドレミ

おまけです。平均律と純正律のどれみがどのうように聞こえるかやってみました。
440Hzから始める A(イ長調)です。

平均律のA

純正律のA

違いが分かりますか?

平均律と純正律をB(ロ長調)に転調してみます。

平均律のB

純正律のB

平均律は周波数の比が同じなので,ドレミの音階の聞こえ方はAもBも同じです。ところが純正律は,基準の音を決めて音の比を定めています。今の場合は,Aの440Hzを基準に音階を決めました。ですので,それを単純に2度あげてBにするとドレミの音の比も変わるのです。違いがわかりますか?

参考文献
小方厚さんの「音律と音階の科学―ドレミ…はどのようにして生まれたか」は,拝読していないのですが,読まれた方からコメントをいただきました。

スペクトルの解析には, 
SoundEngine free    http://soundengine.jp/

音信号の発生には,
Wave Gene (Windows)         http://www.ne.jp/asahi/fa/efu/soft/wg/wg.html
SGenrator  (iPad)               http://sgenerator.scorpionzzz.com/en/index.html
Mathematicaは音の発生,波形の加工や図の作成に使っています。

ピアノの音は
 ピアノHD(iPad)
 KAWAI CA65 電子ピアノ
を使いました。





2013年9月9日月曜日

PosiPol2013(偏極陽電子源研究会)

  2013年9月4日から6日までの3日間、アメリカ、シカゴ郊外のアルゴンヌ国立研究所でPosiPol2013研究会が開催されました。この研究会はリニアコライダーのための偏極陽電子源について議論するの趣旨ですが、ここ数年は、電子源、陽電子源開発の実働部隊が集まる研究会という感じです。アジア、ヨーロッパ、アメリカの関係者が集まります。これまでずっと,アジアとヨーロッパで交互に開催してきたのですが、初めてアメリカでの開催となりました。広島から成田経由でシカゴまで16時間くらいです。そこからアルゴンヌ研究所までは、車で約30分。今回はレンタカーを借りることにしました。私は某レンタカー会社のメンバーなので、空港についてレンタカー会社に行くと、駐車場に名前が表示されています。そのまま車に乗って出発すればOK。便利です。
うま撮れなかったけれど,こんな感じで,車のところに名前が表示されています。
アルゴンヌ研究者に着くと、入口のオフィスで身分証明書の作成です。最近はどこの研究所も、入退出の管理がとても厳しくなっています。天気は快晴、気温は半袖では少し肌寒いくらい。気持ちいい気候です。でもシカゴ近郊はあと1〜2ヶ月もすると酷寒の冬になります。

  今回の研究会は、ILCの技術設計報告書の完成や、最近の日本での立地評価会議の発表をうけて、ILCが現実化してきたという雰囲気がでていました。日本はILCの誘致をいつ決めるのだ、みたいな話もでましたが、それはちょっと早い。これから、国レベルの交渉を始めたいという段階です。研究者もまだまだたくさんやる事があります。
研究会のポスター
それでも会議では、本当にILCを作るためにはこれから何をすべきか?具体的な議論が進みました。陽電子源としては、もっとも技術的に確実な、通常タイプ*のもの開発について、具体的な作業のリストと分担を話しました。数年前まで、ILCでは通常タイプのものは使えない、と考えられていたのですが、2011年に私たち日本グループが中心となって、その可能性を指摘しました。これは偏極陽電子はつくれないのですが、まずは確実に実験を開始して、将来のアップグレードで偏極陽電子にしようという考え方です。皆さん偏極陽電子が魅力的(物理的にはそのとおりです)なのでなかなか納得してくれなかったのですが、いよいよという段階になって、通常タイプを本格的に開発することになりそうです。(偏極タイプももちろんやることになっています。)
   短い時間でしたけど、最終日に立地評価会議が最適と評価した北上サイトについて紹介がありました。海外の皆さんもどのようなところかとても興味があるようです。次回のPosiPolの時には行ってみたいという意見もでました。

ところで、アメリカに行く時は、いつも時差ぼけに悩まされます。最近私は、時差ぼけにの調整を諦めて、寝たい時に寝る(会議中はできるだけ?さけて)ようにしています。そのため、滞在中も夜中に起きたり、朝早く起きたり、とても不規則でした。基本的に寝るのは得意なので眠れないくて困ることはありませんが、それでも疲れますね。アルゴンヌ研究所は、広くてきれいなところでした。ゲストハウスも広くて快適です。ロビーでえコーヒーが24時間無料で飲めるのは、時差ぼけで起きている時にはとても助かりました。そうそう2日目の晩にレストランでステーキを頼んだら、絵に描いたような草鞋サイズでした。半分食べたところで断念。カメラを持っていなかったのが残念です。
ステーキの代わりではないけど,研究会終了後にみなでいってホットドック屋さん。これも大きい。


  先ほどもちょっと触れましたが、来年は日本での開催が濃厚です。北上に行くためには会場を近くにしなければなりませんが、今のところ電子源や陽電子源の開発をやっているグループはありません。誰かを誘い込もうかなっと画策中です。
シカゴ空港のターミナル1,滑走路の下の長い通路です。

*これまで,陽電子は,まず電子線を金属標的に照射して,対生成という過程(が沢山起こる電磁シャワー)で作っていました。しかし,この方式でILCに必要な数の陽電子をつくると,金属標的が壊れてしまうと考えられていました。そのため,ILCでは,アンジュレーター方式という別の方法を採用していました。でもこれは技術的な開発項目がまだかなり残っています。一方,通常タイプについて,もう一度いろいろパラメータを変えてその可能性を総合的に考えるというのを2011年に行った結果,ILCでも通常タイプを使える可能性があることが分かりました。




2013年9月3日火曜日

研究室夏の学校

 
研究会PosiPol2013出席のため、アメリカへ向かう機中です。

先週、研究室夏の学校で、愛媛県大洲へ行ってきました。会場は青少年交流の家です。毎年、夏に研究室で、何処かに出掛けて、研修をしています。4年生は卒業研究について勉強したこと、それ以外のメンバーは、何でも良いので科学に関する話をします。いつもゲストを招待して話をしていただくのですが、今年のは、情報メディアセンターの稲垣さんにお願いしました。全日程出席していただくことができました。嬉しい限りです。

2泊3日の予定が、台風直撃の予報のため、急遽1泊2日に変更。残念。。さらに私は、所用のため1日目の夜についたので、実質2日目のみ1日の参加でした。1日目の学生諸君の発表が気になります。
稲垣さんは、素粒子と宇宙の話。私自身もこの話題で話すことは多いのですが、他の方がどのように話すのか聞くのは勉強になります。私は、「マイナーコードは何故寂しいのか?」と題して話をしました。iPadのピアノ アプリ、信号発生器アプリ、、パソコンのスペアナ ソフト、Mathematicaなど、手持ちの道具を動員して話をしました。結論にはとても至りませんが、せっかくなのでもう少しまとめてからWeb日から載せようと考えています。今年はなぜか、学生諸君の話題も音楽ねたが多かったですね。

3日の予定を2日で済ませて、慌ただしく帰宅の途につきました。ところが、帰る途中の高速道路上で、土砂降りの雨と霧に遭遇。運転はかなり大変でした。帰りに寄りたいと思っていたサービスエリアのあたりが一番の豪雨で立ち寄るのを断念しました。ともかく、車5台とも無事に帰りついて、一安心。

来年はどこにいけるかな?。。