いよいよ,ILCセレモニー本番の開始,準備は整ったはず。18時, 本番だ。
まずネット会議の接続を確認。中国を呼んでみる。「ハロー」返事が無い,,,,何か言っているのは分かるけど,音が悪い。チャットで確かめるとこちらの音声は伝わっているみたい。後回しだ。インドを呼んでみる。数回練習した成果もあって,スムースに音声が伝わる。映像はまだ来ていない。
見切り発車のような形でセレモニーの開始。
この後,国外のネット接続仲間とチャットを通して怒濤のやりとが続く。( )はチャットのやりとり。実際は英語でした。
まずは,主催者の挨拶。KEKの野崎さん。日本語で挨拶。
(中国: 日本語音声しか聞こえないよ)
(インド: こちらも日本語だけだよ)
(私: 調べるから待って)
ぎょっとして,接続と設定をチェック。何もおかしくない。(今考えると,点滅すべきランプがしていなかったけど)。通訳席に行って,
「英語の音声きてますか?」
「はい,先ほどうまくいった時から変えていません」
「カメラの入力をチェックしてみましょう」
カメラには確かに英語音声が入っている。私のパソコンの問題だ。
そうしているうちに,野崎さんの挨拶は終わってしまった。次は,東大の駒宮さんの講演。
(中国: まだ日本語だよ。 音声の再接続しようか)
(私: こちらの問題だらから待って)
(中国: 了解)
パソコンの設定をチェックしても何もおかしくない。ソフトの設定を認識できていないようだ。音声を最初からリセットしてもだめ。。。試しに,音声機器をいったん別のものに切り替えて,戻したらうまくいった。
これで英語が海外に伝わった。(野崎さんと駒宮さんの講演は日本語がそのまま海外へ、ごめんなさい)
(私: 英語!!)
(中国,インド: 英語が聞こえてる)
ふ~
リニアコライダーディレクターのリン エバンスさんと,副ディレクターの村山さんの講演は,無事に終了。村山さんの早口の日本語は相変わらず,通訳泣かせだが,今回の通訳さんはうまい。ちゃんと訳せている。
さて,いよいよ,海外からネット会議を通してのメッセージ。最初は中国。
向こうの映像はよく見えている。。
こちらから
「こんにちは,お願いします」
「,,,,,」
返事がない。。
(私: 聞こえる?)
(中国: 日本からは聞こえてる)
(私: そちら聞こえないよ)
司会者さんも困ったようす。
「こんな時はどうすれば良いのでしょう」
横にいた関係者の機転でプログラムの変更。日本会場に来ている韓国代表の挨拶を先にしよう。
(私: 次の(日本会場の)の韓国の挨拶先にやるよ)
(中国: 了解。音声つなぎなおしてみる)
「予定変更 韓国(日本会場)->中国(ネット)->インド(ネット)」
(インド:結局順番は)
(私: 韓国(日本会場)->中国(ネット)->インド(ネット))
(インド:了解)
韓国の方の挨拶終了。中国だ
(私: 次は中国だよ)
「中国からのメッセージお願いします」
聞こえた!
(私: とても良く聞こえる)
(私: では次はインド、準備して)
(インド: OK)
「次はインドからお願いします」
インドは音声,映像とも完璧
(私: すばらしい)
(私: どうもありがとう)
最後は山下さんによる日本からのメッセージ。同時通訳音声も問題なく。
(私: 次はヨーロッパだよ)
(欧: OK 準備できてるよ)
(欧: 映像 送ろうか?)
(私: OK)
ヨーロッパの担当者は手慣れている。。
さて,いよいよヨーロッパへのリレー。 スクリーンにはヨーロッパ会場にリーダーのフォスターさんをはじめ、関係者が映っている。
日本から,カメラに向かってバトンを投げる。アジアの主催者,山本さんが
「いくよ~~~」
バトンをそれ~~~日本からの映像にはバトンがとんで消えたように映る。
ヨーロッパの映像,フォスターさんに向かってバトンが飛んでくる。見事にキャッチ。
練習より100倍うまくいった。盛大な拍手!!
これにて終了。
シンポジウムとか,セレモニーとかなんどかやったけど,当日にこんなに緊張したのは初めてだ。
トラブルもあったけど,全体としてはまあなんとか,やりきったか。。。
4時間後,ヨーロッパでセレモニーが始まった。
じつは,その4時間の間に,東京会場の様子を5分のビデオにまとめてヨーロッパに送るという,大作業があったのだ。Sさん始め関係者の見事な腕前と連携ですばらしダイジェストビデオができた。
日本時間深夜。ヨーロッパの開始を見届けて,お役御免。
ホテルに帰ってばったり。。
追伸: ここには,私の周りに起こったことだけを書いている。今回のセレモニー。準備段階から,ものすごく沢山の人が,とっても頑張ってやり遂げた。書けなかったけど。いっぱいドラマがあったのだ。。皆さんご苦労さまでした。
素粒子物理を研究しています。ツイッター(@tohru_takahs)では日常のもろもろをつぶやいています。Facebookページは http://www.facebook.com/tohru.takahs 以前のブログがノートになっています。 ホームページ: https://tohru.huhep.org/ ブログのタイトルは,最近スマートスピーカによく言ってる言葉です。「OK Google タイマー3分」
2013年6月13日木曜日
今日はしびれた~ILCセレモニー準備編~
今日(2013年6月12日)は国際リニアコライダー(ILC)のワールドワイドイベントだった。
以前、準備の様子を伝えた、この話の本番。
ILCの技術設計書の完成と,設計から実現に向けた始動を記念して,アジア,ヨーロッパ,アメリカで同じ日にセレモニーを行う。アジアでは,中国,インドと東京をネットでつないで,リアルタイムでメッセージのやりとりをした。言葉も,日本語は英語へ,英語は日本語への同時通訳。
問題は,ネット会議システムと同時通訳をどうやって両立させるかだ,,,,
一月くらい前に,中国,インドと東京を結んでリハーサルを行った。中国はOK。インドは音声はやり取りできたけど、相手の顔は見えない。こちらの映像は届いているようだ。その後、インドとは2回ほどテストを繰り返して、音声、映像とも確認。できることはやったつもり。
しかし、同時通訳の音声と会場に流れる音声とネットワークに流す音声をどうやって両立させるか?案は考えたが、同時通訳を交えてテストできるのは、当日の開始2時間前だ。(実際は1時間30分前だった) セレモニーは、当初の予想をはるかに超えて、40人以上の報道関係者、研究者、一般の方合わせて100名近い盛況だった。この状況で、「海外とはうまく行きませんでした」とは言えない。関係者一同緊張のうちに当日を迎えた。(もちろん事前準備も怒涛の忙しさだったが、それを書いていると終わらない。)
さて当日、関係者は開演5時間前に集合、椅子の配置、指定席の設定、受付の準備などいつもの作業に、ネットワークの設定が加わる。
USTREAMを使った実況中継の準備、これも日英2チャンネル。経験があるので比較的順調。(でも一度なぜか配信が止まって、ちょっと手こずった。)
懸案のネット会議システムの設定だ。
1)会場のメインスクリーンに映像を投影するパソコン,
2)ネット会議の音声出力を会場のスピーカに送るパソコン,
3)会場の様子を海外に送るためのWebカメラ用パソコン,
4)ネット会議の映像を会場のサブスクリーンに投影するパソコン,
5)ネット会議のホストと通訳からの音声をネット会議へ送るパソコン,
合計5台をネット会議システムに接続。
ここで,ヨーロッパの仲間がつないできた。音声と映像のチェック。ヨーロッパとは,東京のセレモニーのあと,ヨーロッパへ引き渡す儀式行う。担当のTさんとBさん(ヨーロッパの方)の粋なアイディア。東京からバトン(かわりにポスターを丸めたもの)をカメラ向かって投げて,ヨーロッパ側で日本から飛んできたように受け取ろう。早速練習。こちらで投げるタイミングとヨーロッパ側で受け取るタイミングが難しい。なんどか練習して,まあちょっとずれても良いことにした。
後は同時通訳の音声の入出力テストだ。
開演1.5時間前,同時通訳からの音声のテスト。まずUstreamだ,日本語用カメラに音声入力。あれ?うまくいかない。入力レベルがおかしいのかな?何度やってもうまくいかないと思ったら,コネクタの接触不良だった。。これでOK。英語用のカメラは最初からしっかりコネクタを差し込んでOK。視聴テストもOKだ。
次は,ネット会議。パソコン5)に通訳からの英語音声を接続。2)のスピーカをON。すごいエコーだ!!ネット会議からの音声が会場のスピーカーを通して,5)へ,それから2)->5)->2),,,のループ。開演20分前。。。さあ困った。。。。これでは海外と接続できない。ここでSさんの助け船。このネット会議システムは,音声の出力と入力を別のパソコンでやるとうまくいかないらしい。そこで,2)の音声出力5)のパソコンへ移動。5)1台でネット会議音声の入出力をやっていみる。
うまくいったぞ。エコーが消えた。これでOKか?
と思ったのもつかの間。通訳さんは海外からの英語を日本語にするときは,5)->会場音声->通訳という経路で音を聞くことになるが,この音質が悪くてまともに通訳できそうにないとのこと。。。急遽通訳ブースにもパソコンを1台セットして,通訳さんもネット会議から直接音声を取ることにした。
これでOK。
開演10分前,,準備がととのった。
->本番編へ続く。
以前、準備の様子を伝えた、この話の本番。
ILCの技術設計書の完成と,設計から実現に向けた始動を記念して,アジア,ヨーロッパ,アメリカで同じ日にセレモニーを行う。アジアでは,中国,インドと東京をネットでつないで,リアルタイムでメッセージのやりとりをした。言葉も,日本語は英語へ,英語は日本語への同時通訳。
問題は,ネット会議システムと同時通訳をどうやって両立させるかだ,,,,
一月くらい前に,中国,インドと東京を結んでリハーサルを行った。中国はOK。インドは音声はやり取りできたけど、相手の顔は見えない。こちらの映像は届いているようだ。その後、インドとは2回ほどテストを繰り返して、音声、映像とも確認。できることはやったつもり。
しかし、同時通訳の音声と会場に流れる音声とネットワークに流す音声をどうやって両立させるか?案は考えたが、同時通訳を交えてテストできるのは、当日の開始2時間前だ。(実際は1時間30分前だった) セレモニーは、当初の予想をはるかに超えて、40人以上の報道関係者、研究者、一般の方合わせて100名近い盛況だった。この状況で、「海外とはうまく行きませんでした」とは言えない。関係者一同緊張のうちに当日を迎えた。(もちろん事前準備も怒涛の忙しさだったが、それを書いていると終わらない。)
さて当日、関係者は開演5時間前に集合、椅子の配置、指定席の設定、受付の準備などいつもの作業に、ネットワークの設定が加わる。
USTREAMを使った実況中継の準備、これも日英2チャンネル。経験があるので比較的順調。(でも一度なぜか配信が止まって、ちょっと手こずった。)
懸案のネット会議システムの設定だ。
1)会場のメインスクリーンに映像を投影するパソコン,
2)ネット会議の音声出力を会場のスピーカに送るパソコン,
3)会場の様子を海外に送るためのWebカメラ用パソコン,
4)ネット会議の映像を会場のサブスクリーンに投影するパソコン,
5)ネット会議のホストと通訳からの音声をネット会議へ送るパソコン,
合計5台をネット会議システムに接続。
ここで,ヨーロッパの仲間がつないできた。音声と映像のチェック。ヨーロッパとは,東京のセレモニーのあと,ヨーロッパへ引き渡す儀式行う。担当のTさんとBさん(ヨーロッパの方)の粋なアイディア。東京からバトン(かわりにポスターを丸めたもの)をカメラ向かって投げて,ヨーロッパ側で日本から飛んできたように受け取ろう。早速練習。こちらで投げるタイミングとヨーロッパ側で受け取るタイミングが難しい。なんどか練習して,まあちょっとずれても良いことにした。
後は同時通訳の音声の入出力テストだ。
開演1.5時間前,同時通訳からの音声のテスト。まずUstreamだ,日本語用カメラに音声入力。あれ?うまくいかない。入力レベルがおかしいのかな?何度やってもうまくいかないと思ったら,コネクタの接触不良だった。。これでOK。英語用のカメラは最初からしっかりコネクタを差し込んでOK。視聴テストもOKだ。
次は,ネット会議。パソコン5)に通訳からの英語音声を接続。2)のスピーカをON。すごいエコーだ!!ネット会議からの音声が会場のスピーカーを通して,5)へ,それから2)->5)->2),,,のループ。開演20分前。。。さあ困った。。。。これでは海外と接続できない。ここでSさんの助け船。このネット会議システムは,音声の出力と入力を別のパソコンでやるとうまくいかないらしい。そこで,2)の音声出力5)のパソコンへ移動。5)1台でネット会議音声の入出力をやっていみる。
うまくいったぞ。エコーが消えた。これでOKか?
と思ったのもつかの間。通訳さんは海外からの英語を日本語にするときは,5)->会場音声->通訳という経路で音を聞くことになるが,この音質が悪くてまともに通訳できそうにないとのこと。。。急遽通訳ブースにもパソコンを1台セットして,通訳さんもネット会議から直接音声を取ることにした。
これでOK。
開演10分前,,準備がととのった。
->本番編へ続く。
2013年6月2日日曜日
何とかまにあった
5月27日から31日までドイツ ハンブルグでリニアコライダー研究会が開催された。リニアコライダー の実現に向けた 新組織、LCCが発足して最初の大きな研究会ということで注目度は高いが、今日は別の話題。
この研究会、前期の真っ最中だ。授業のあい間を縫っての出席となる。5月31日(金曜日)午前10時30分からの授業に間に合うためにはどうすればよいか?よく使うヨーロッパを夕刻に出て、翌日の夕刻に日本に到着するスケジュールでは、ハンブルグを29日(水曜日)の午後に出発しなければならない。研究会は27日(月曜日)から。初日は全体会合だけなので、実質の議論は翌28日(火曜日)からだ。水曜日午後出発ではあまりにも寂しい。そこで;
30日(木曜日)午前9時30分ハンブルグ発。フランンクフルト乗継で31日(金曜日)午前6時20分羽田着という計画をたてた。これだと、7時55分羽田空港発、9時20分広島空港着。広島空港から大学まで車で30分なので、家人に迎えに来てもらえば、荷物の受け取り時間を考えてもギリギリ間に合いそうだ。
さて当日 。あっけないほど何事もなく成功。一昔前は、 何度か乗り継ぐと必ずなにかトラブルがあったものだが、信頼性の向上 素晴らしい。目には見えないけどこれも技術革新。
(ところで、このフランクフルトー羽田のANA便は、ボーイング787で運航していた路線。代替の777だったが、2日後だったら787の復帰 第1便だった。)
広島空港到着後は、髭を剃る時間も、シャワーを浴びる時間もなく授業へ。予習だけは羽田へ向かう機内で何とかやったが、実はこの回、昨年の卒業研究の学生くんの力作をお披露目する回だった。これは来週に持ち越しとなった。
授業後は、帰って寝たいところだったが、午後いっぱいWeb会議。翌土曜日も朝から県内出張。午後はまたWeb会議。そのせいか、今日(日曜日)は1日中寝ていた。
明日からまたいつもの一週間だ。早く寝よう(昼間寝ていたせいで眠くない。。。)
2013年5月15日水曜日
シンポジウム準備(当日は波乱万丈の予感)
前に,ILC技術設計書完成イベントのことを書いた。このイベントでは、セレモニーの様子をWeb(Ustreamを使う)で放送したり、国内外の会場をWeb会議システムでつないで、リアルタイムでメッセージをもらうことを計画している。
6月に予定している、
昨日、そのためのネットワーク接続のリハーサルを行った。Web会議と、放送を同時にやるだけでもなかなか複雑だが、それに同時通訳の音声が加わる。
Web放送は日英両方準備、音声は同時通訳からもらうことになる。Web会議はこの際英語だけにしよう。Web会議の音声も同時通訳からライン入力。向こうから送られてきた音声は会場の音響システムにいれなければ。うまくやらないと、とんでもないハウリングを起こしてしまう。Web会議の画像も会場のスクリーンに映して、会場の映像も送らなければ。こうやって書いても、何が何だか分からない? でも、やるといってしまったからな。。
昨日は、とにかく会場のネットワークと、Web放送、Web会議ができることを確認した。宿を秋葉原にしたので、朝から電気店で必要な物品の物色。どうやってハードをつなぐか考えながらなので、ずいぶん長い時間店に入り浸っていた。午後からこちらの会場で接続試験。Web放送は昨年12月以来なので やり方を思い出すのに時間がかかったが、まあなんとかできた(たまたまうまく行っただけ?)続いてWeb会議接続の試験。こちらの準備に時間がかかって、約束の時間ぎりぎりに接続したら、もう筑波と中国から接続して待っていた。中国は北京が会場なのだが、ちょど上海で加速器の研究会が行われていて、そこに行ってる関係者がiPhoneを使って参加してきた。便利になったものだ。というわけで、東京ーつくばー北京ー上海をつないで双方向の音声と映像の送受信に成功。残るは、インドだけとなった。インドとは、音声のやりとりはできたけど、映像はうまくいかなかった。理由は分からないな。乗り込んで設定するには、ちょっと遠すぎる。
まあ、それなりにうまくいった。と言うか、根本的な問題はないことは分かった。同時に、当日うまくことを運ぶのは、とても大変。周到な準備と打ち合わせが書かせないことを再認識。よーーーく考えよう、と言うのが最も重要な結論のようだ。
| 会場は東京大学山上会館。立派な会議場です |
昨日、そのためのネットワーク接続のリハーサルを行った。Web会議と、放送を同時にやるだけでもなかなか複雑だが、それに同時通訳の音声が加わる。
Web放送は日英両方準備、音声は同時通訳からもらうことになる。Web会議はこの際英語だけにしよう。Web会議の音声も同時通訳からライン入力。向こうから送られてきた音声は会場の音響システムにいれなければ。うまくやらないと、とんでもないハウリングを起こしてしまう。Web会議の画像も会場のスクリーンに映して、会場の映像も送らなければ。こうやって書いても、何が何だか分からない? でも、やるといってしまったからな。。
昨日は、とにかく会場のネットワークと、Web放送、Web会議ができることを確認した。宿を秋葉原にしたので、朝から電気店で必要な物品の物色。どうやってハードをつなぐか考えながらなので、ずいぶん長い時間店に入り浸っていた。午後からこちらの会場で接続試験。Web放送は昨年12月以来なので やり方を思い出すのに時間がかかったが、まあなんとかできた(たまたまうまく行っただけ?)続いてWeb会議接続の試験。こちらの準備に時間がかかって、約束の時間ぎりぎりに接続したら、もう筑波と中国から接続して待っていた。中国は北京が会場なのだが、ちょど上海で加速器の研究会が行われていて、そこに行ってる関係者がiPhoneを使って参加してきた。便利になったものだ。というわけで、東京ーつくばー北京ー上海をつないで双方向の音声と映像の送受信に成功。残るは、インドだけとなった。インドとは、音声のやりとりはできたけど、映像はうまくいかなかった。理由は分からないな。乗り込んで設定するには、ちょっと遠すぎる。
まあ、それなりにうまくいった。と言うか、根本的な問題はないことは分かった。同時に、当日うまくことを運ぶのは、とても大変。周到な準備と打ち合わせが書かせないことを再認識。よーーーく考えよう、と言うのが最も重要な結論のようだ。
2013年5月9日木曜日
広島について時々思うこと。
広島空港から電車で帰宅の途中だ。空港からバスで最寄りの白市駅まで行って、山陽本線に乗る。この路線に乗るのは、ずいぶん久しぶりになるが、広島に来て以来、時々思うことが頭に浮かんだ。
この白市駅、広島空港の最寄り駅なのに、エレベーターもエスカレーターも設置されていない。重い荷物を持っていたりすると大変だ。JRがなかなか整備しないのはなぜだろう。飛行機に客を取られたくない、と言うことであれば狭量に過ぎる。原因はは、JR西日本管内であることではないだろうか。JR西日本の本社は大阪にある、その投資先が関西圏が最優先なのは、乗客数から考えても自然だろう。こんなことを考えていて、広島に来たばかりの時、全国紙の夕刊が無いことを知って驚いたことを思い出した。広島で配布される大手紙は、大阪で印刷される。なので夕刊は間に合わない。朝刊は今も10版くらいのかなり早い段階の版がやってくる。実は、広島からは大阪より福岡の方が大分近い。福岡版を持ってくれば夕刊も読めるのではないかな。
JRに話をもどす。私は実家が北九州で、年数回帰省する。その度に思うのだが、北九州ではJR九州の新型の電車が投入されている。
広島では、山陽本線の広島ー西条辺りでこんな感じ。これ、115系と言って、国鉄時代の車両だ。JR西日本管内で、広島に新しい車両が投入される順番を待つしかないのだろう。(来年遂に、223系(今大阪で見るやつ)が来るらしい)。駅も、JR九州は2006年に新しい北九州空港ができると同時に、最寄りの2駅が完全リニューアルされた。(今の広島空港ができたのは1993年) 新聞と言い、JRと言い、関西圏の端と扱われているのが、問題の根本ではないか。(民放も一つ無いのを忘れてはいけない。)
広い中国地方を関西と一緒にするのは無理がある。関西の端ではなく、中国地方の中心なんだ。経済的な難しさはあるとおもうが、九州も、四国も、北海道も頑張っている。もっとできるはず。
この白市駅、広島空港の最寄り駅なのに、エレベーターもエスカレーターも設置されていない。重い荷物を持っていたりすると大変だ。JRがなかなか整備しないのはなぜだろう。飛行機に客を取られたくない、と言うことであれば狭量に過ぎる。原因はは、JR西日本管内であることではないだろうか。JR西日本の本社は大阪にある、その投資先が関西圏が最優先なのは、乗客数から考えても自然だろう。こんなことを考えていて、広島に来たばかりの時、全国紙の夕刊が無いことを知って驚いたことを思い出した。広島で配布される大手紙は、大阪で印刷される。なので夕刊は間に合わない。朝刊は今も10版くらいのかなり早い段階の版がやってくる。実は、広島からは大阪より福岡の方が大分近い。福岡版を持ってくれば夕刊も読めるのではないかな。
![]() |
| JR九州の電車 |
![]() |
| JR西日本 山陽本線の広島ー西条辺り |
広い中国地方を関西と一緒にするのは無理がある。関西の端ではなく、中国地方の中心なんだ。経済的な難しさはあるとおもうが、九州も、四国も、北海道も頑張っている。もっとできるはず。
2013年5月1日水曜日
シンポジウム@ワシントンDCーちょっと裏話
4月30日にワシントンDCで行われた政産学連携・先端科学シンポジウムは,無事に終了。シンポジウムの様子はそのうちにILC通信やLCNEWSLINEから報告されるだろう。ここではちょっとだけ裏話。ワシントンに来た来たときの様子はこちらやこちらに書いた。その後ブログのアップが途切れたのは,シンポジウムの準備が本格化したためだった。
ここから始まった。
前にも書いたけど,こちらに到着した頃は,「先遣隊として早めに来たけど,そんなにやることあるのかな~」という調子だった。まずは,昼食でもとりながら,考えよう。
ホワイトハウスの写真を撮りながら,とりあえず集合。
「これが,日程です。」
「なるほど,政治家の方も来るとなると,いろいろつまっていますね。」
(まだ人ごと)
「ここと,こことは何人かで出迎えに行きましょう。」
「了解。」
(やることはしっかりありそうだ)
「これがシンポジウムの予定です。皆さんにも送ってますよね。」
「講演者紹介用のまとめは?」
「まだです。」
「ああそれと,講演者のための資料も作らなくては。」
(おお,これは結構大変かな)
「パネルディスカッション。モデレータ,パネリストと打合せが必要だけど,まだ白紙だよ。」
(げげ,,,)
「パネルディスカッションの関係者が来るのは,早い人で前日夜。後は,当日。」
(げげげげ,,,)
「会場づくりの段取りは?」
「アメリカ側の担当者が,ホテルとやりとりしたけど,詳細は不明です。」
「担当者はいつくるの?」
「分からない」 (実際はシンポ開始のの3時間前だった)
「テーブル,プロジェクターの配置は?記録用のビデオカメラは?
PC用の電源は?主要出席者の席順は?同時通訳へ資料送った? 受付は?,,,,,,,」
「全部詳細不明。」
(寝る時間ないじゃん,,,,)
そして,当日まで,
急遽,ホテルの一室が現地対策本部になって,作業開始。といっても,全員,数時間前に日本から着いたばかりで,時差ぼけ眠気でへろへろ状態。
それでも,なんとか,やることリストの洗い出しと担当者を決めたら,夜の10時すぎ。日本を出発してから,24時間をとっくに超えている。
急遽日本へ連絡して,カメラのICレコーダーを持ってきてもらうように頼んだが(しかし土日だ)
その日はこれで限界。夜のホワイトハウスを見ながら宿泊のホテルへ。
次の日からの2日間は,ひたすら作業,と思いきや,ぽっかり空いた2時間でスミソニアンの宇宙航空博物館に行くことはできた。
我々に取って,ここの目玉はなんと言っても,アポロ11号に司令船。
小学生の時,テレビでみた月着陸のニュースが思い出される。一緒に行ったみな同年代。このニュースが科学者を目指したきっかけの一つだ。ここで実物に会えるなんて,,感慨もひとしおだった。
つかの間の休憩を挟んで,夜まで準備が続く。(その合間にも,夕食だけは,しっかりたべていたけど)。こちらに来たのが,週末なのが痛い。ホテルの会場係に連絡しても,月曜日にならないと会えないらしい。(本番は火曜日)。
できる限りの準備をして,月曜日。ようやく関係者が到着し始める。ホテルの会場係と打合せができた。事前に,アメリカ側の関係者が,どのくらい打ち合わせていたか,不安だったが,思いの他(と言っては失礼だが)ちゃんと手配されていた。ホテルの担当者は,さすがに手慣れている。こちらの要望を聞いて,それに会わせた案を考えてくれる。なんとか,もとの会場設置案から少しの変更で対応できた。
(もとの案にはパネルディスカッションの配置がなかったのだ)。後は当日,実際の椅子やテーブルの配置を見ながら修正していくしかない。開場から本番まで3時間あるのでそこで何とかしよう。
いよいよ本番
いよいよ本番当日。ようやくアメリカ側の関係者が登場して,打ち会わせ(しかし,手配をした当人が本番3時間前に,他の出演者と一緒に来るとは,強心臓というかのんきというか)
あとは,ほぼ順調。パネルディスカッションの打合せもスムースにできた。
100席ほどの開場はほぼ満席。日米会わせて80~90名くらいかな。
河村衆議院議員(ILC議員連盟会長)の基調講演を皮切りに,日米の政産学の皆さんから講演があった。
ILCの物理はご存じ村山斉さん。いつものようにすばらしい講演だが,とても早口。同時通訳は追いつくのかな?と思っていたら,案の定、追いつかなかった場面もあったようだ。
私は,ずっと会場の後ろでビデオを撮っていたが,休憩時間に同時通訳の人(アメリカ人)がやってきて,「このビデオはどうするの?」。質問の真意が分からず,「まだ決まっていないけど,そのうちYouTubeにでもアップするかな」と答えたら,「すばらしい内容だ,是非」とのこと。これはうれしい。
講演が終わって,次は,(気がかりだった)パネルディスカッション。モデレータの駒宮さんも「これは難しい」と感じている様子だ。しかし始まってみると,駒宮さんもパネリストの皆さんもさすがは政官学の第一人者,建設的な議論をすることができた。
ふ~~
無事に終わってほっとしている。ホテルに戻ったら,午後10時にもならないのに,眠くて仕方がない。そのまま寝てしまって。起きたら午前2時30分。仕方が無い?のでこのブログを書いている。
このシンポジウムは,「日米の政官学の連携で,先端科学技術を推進しよう。そのモデルとして,ILCの実現にむけてさらに協力しよう。」という趣旨だった。考えてみると,このシンポジウム自体が政産学の連携でなりたっている。このブログでは,私の周りで起こったことだけ(それしか分からないので)を書いたのだが,日米双方で,政,産,学の多くの人の大変な努力で実現にこぎ着けたことは想像に難くない。なので当日の段取りまで手が回らなかったわけだ。(寝る間の無かった人も知っているし,,)このシンポジウムの開催自身が,まさに政産学連携の事業だった。ILC実現へまた一歩近づいたと信じたい。
ここから始まった。
前にも書いたけど,こちらに到着した頃は,「先遣隊として早めに来たけど,そんなにやることあるのかな~」という調子だった。まずは,昼食でもとりながら,考えよう。
ホワイトハウスの写真を撮りながら,とりあえず集合。
| 写真撮影時、この後の出来事をまだ知らない。 |
「これが,日程です。」
「なるほど,政治家の方も来るとなると,いろいろつまっていますね。」
(まだ人ごと)
「ここと,こことは何人かで出迎えに行きましょう。」
「了解。」
(やることはしっかりありそうだ)
「これがシンポジウムの予定です。皆さんにも送ってますよね。」
「講演者紹介用のまとめは?」
「まだです。」
「ああそれと,講演者のための資料も作らなくては。」
(おお,これは結構大変かな)
「パネルディスカッション。モデレータ,パネリストと打合せが必要だけど,まだ白紙だよ。」
(げげ,,,)
「パネルディスカッションの関係者が来るのは,早い人で前日夜。後は,当日。」
(げげげげ,,,)
「会場づくりの段取りは?」
「アメリカ側の担当者が,ホテルとやりとりしたけど,詳細は不明です。」
「担当者はいつくるの?」
「分からない」 (実際はシンポ開始のの3時間前だった)
「テーブル,プロジェクターの配置は?記録用のビデオカメラは?
PC用の電源は?主要出席者の席順は?同時通訳へ資料送った? 受付は?,,,,,,,」
「全部詳細不明。」
(寝る時間ないじゃん,,,,)
そして,当日まで,
| 眠気を我慢しながらホテルへ。でもきれいだ。 |
急遽,ホテルの一室が現地対策本部になって,作業開始。といっても,全員,数時間前に日本から着いたばかりで,時差ぼけ眠気でへろへろ状態。
それでも,なんとか,やることリストの洗い出しと担当者を決めたら,夜の10時すぎ。日本を出発してから,24時間をとっくに超えている。
急遽日本へ連絡して,カメラのICレコーダーを持ってきてもらうように頼んだが(しかし土日だ)
その日はこれで限界。夜のホワイトハウスを見ながら宿泊のホテルへ。
次の日からの2日間は,ひたすら作業,と思いきや,ぽっかり空いた2時間でスミソニアンの宇宙航空博物館に行くことはできた。
我々に取って,ここの目玉はなんと言っても,アポロ11号に司令船。
| つかの間の休息。アポロ11号 |
つかの間の休憩を挟んで,夜まで準備が続く。(その合間にも,夕食だけは,しっかりたべていたけど)。こちらに来たのが,週末なのが痛い。ホテルの会場係に連絡しても,月曜日にならないと会えないらしい。(本番は火曜日)。
できる限りの準備をして,月曜日。ようやく関係者が到着し始める。ホテルの会場係と打合せができた。事前に,アメリカ側の関係者が,どのくらい打ち合わせていたか,不安だったが,思いの他(と言っては失礼だが)ちゃんと手配されていた。ホテルの担当者は,さすがに手慣れている。こちらの要望を聞いて,それに会わせた案を考えてくれる。なんとか,もとの会場設置案から少しの変更で対応できた。
| 準備はできた。後は本番 |
いよいよ本番
いよいよ本番当日。ようやくアメリカ側の関係者が登場して,打ち会わせ(しかし,手配をした当人が本番3時間前に,他の出演者と一緒に来るとは,強心臓というかのんきというか)
あとは,ほぼ順調。パネルディスカッションの打合せもスムースにできた。
100席ほどの開場はほぼ満席。日米会わせて80~90名くらいかな。
河村衆議院議員(ILC議員連盟会長)の基調講演を皮切りに,日米の政産学の皆さんから講演があった。
ILCの物理はご存じ村山斉さん。いつものようにすばらしい講演だが,とても早口。同時通訳は追いつくのかな?と思っていたら,案の定、追いつかなかった場面もあったようだ。
私は,ずっと会場の後ろでビデオを撮っていたが,休憩時間に同時通訳の人(アメリカ人)がやってきて,「このビデオはどうするの?」。質問の真意が分からず,「まだ決まっていないけど,そのうちYouTubeにでもアップするかな」と答えたら,「すばらしい内容だ,是非」とのこと。これはうれしい。
| 終わりました。記念にぱちり |
ふ~~
無事に終わってほっとしている。ホテルに戻ったら,午後10時にもならないのに,眠くて仕方がない。そのまま寝てしまって。起きたら午前2時30分。仕方が無い?のでこのブログを書いている。
このシンポジウムは,「日米の政官学の連携で,先端科学技術を推進しよう。そのモデルとして,ILCの実現にむけてさらに協力しよう。」という趣旨だった。考えてみると,このシンポジウム自体が政産学の連携でなりたっている。このブログでは,私の周りで起こったことだけ(それしか分からないので)を書いたのだが,日米双方で,政,産,学の多くの人の大変な努力で実現にこぎ着けたことは想像に難くない。なので当日の段取りまで手が回らなかったわけだ。(寝る間の無かった人も知っているし,,)このシンポジウムの開催自身が,まさに政産学連携の事業だった。ILC実現へまた一歩近づいたと信じたい。
2013年4月28日日曜日
ワシントンDCその2
昨日,ワシントンDCへきたことを書いた。シンポジウム開催の現地先乗りなのだが,実は昨日の時点では,何をするるのかあまり分かっていなかった。のほほんと,日曜日は博物館へ行く時間がとれるかな,などと考えていた。(決して私だけではない,同行者みなそんな雰囲気)。
現地について,滞在ホテルから会場となるホテルへ移動。良い季候のなか,ホワイトハウスの横を通って会場へ。ホワイトハウスの前では,テレビでみる風景そのままに,観光客が集まって写真をとっている。私もそれにならって一枚。
その後,昼食をとりながら,これからの予定について相談を始めた。すると,,とたんに雰囲気が一変。話が進んでいくとともに,シンポジウムに向けてやることがつぎつぎと出てくる。「あれれ,,」。要は通常数ヶ月前から,少しずつ準備することを,いまから3日でやるということなの? もちろん担当者がサボっていたのでは無い。諸処の事情があって間に合わなかった部分もある。それに,連絡ができてないだけで,準備ができている可能性もある。しかし,把握できていないことだけは確かだ。それから,場所を変えてミーティング,ミーティング。とにかく会場を見てみよう。会場は豪華な部屋だけど,古き伝統ある建物なので,シンポジウム向きとは言えない。いろいろ細かいことがでてくる。おっと,今日ももう出かけなければ。その後の,いろいろな話はとりあえず割愛。
帰りはすっかり遅くなって。ホワイトハウスの夜景をとることができた。
現地について,滞在ホテルから会場となるホテルへ移動。良い季候のなか,ホワイトハウスの横を通って会場へ。ホワイトハウスの前では,テレビでみる風景そのままに,観光客が集まって写真をとっている。私もそれにならって一枚。
その後,昼食をとりながら,これからの予定について相談を始めた。すると,,とたんに雰囲気が一変。話が進んでいくとともに,シンポジウムに向けてやることがつぎつぎと出てくる。「あれれ,,」。要は通常数ヶ月前から,少しずつ準備することを,いまから3日でやるということなの? もちろん担当者がサボっていたのでは無い。諸処の事情があって間に合わなかった部分もある。それに,連絡ができてないだけで,準備ができている可能性もある。しかし,把握できていないことだけは確かだ。それから,場所を変えてミーティング,ミーティング。とにかく会場を見てみよう。会場は豪華な部屋だけど,古き伝統ある建物なので,シンポジウム向きとは言えない。いろいろ細かいことがでてくる。おっと,今日ももう出かけなければ。その後の,いろいろな話はとりあえず割愛。
帰りはすっかり遅くなって。ホワイトハウスの夜景をとることができた。
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