2013年3月11日月曜日

英語の勉強?

最近いろいろ忙しくて、気づいたら一ヶ月以上更新していませんでした。何と前回のエントリーは、インフルエンザで寝込んだ話(^^;

さて、物理学会の年会が近づいてきました。今度の学会では、物理の授業について、発表することになっています。先日の広島大で行われたサイエンスカフェ(http://home.hiroshima-u.ac.jp/sciyugo/scicafe/scicafe-record.html)で、それに関連したヒントがあったので、書こうとおもってたのですが、その前にちょっと気になることがありました。それを先に、、

日本人は英語が苦手ということをよく聞きます。確かに留学生のための英語のテスト、TOEFLの得点で、日本はアジアの国の中で最下位に近いようです。( http://english-columns.weblio.jp/?p=195) 「これはいけない、英語教育に問題がある」ということを、耳にすることもあります。
これ、どうなのでしょう? なぜTOEFLがの得点が低いのでしょうか? そもそもそれは、いけないことなのでしょうか?

どうして日本人の多くが、英語を苦手としているか?もちろん英語と日本語は全く異なる言語、ということがありますが、根本的なところは「必要ないから」では、ないでしょうか。日本は世界有数の先進国です。いろいろな問題を抱えていますが、世界的にみれば、とても高い生活レベルでしょう。忘れてはならないのは、こんなに安全に暮らすことができる国は、まずないということです。小中学生が、一人で電車やバスに乗っている国は、滅多にありません。(正確で安全な公共交通機関と、町の治安の、両方そろっていないといけないのですから)

日本国内にいれば、世界有数の生活ができる環境で、なぜ外国語が必要なのでしょうか。海外旅行? 多くの人にとって、一生のうち数回の海外旅行のために、英語を学ぶ必要があるでしょうか? 私は、日本人の多くの人が英語ができない理由は、「必要ないから」だと思うのです。もう少し正確にいうと、「生活する上で必要ないから」だと思います。

しかし、コミュニケーション技術の発達もあって、世界はどんどん狭くなっています。仕事(すなわち生活)に英語が必要人の数は、以前に比べて、はるかに増えているでしょう。今後もますます増えると思います。英語が「必要になる」のです。でも決して、日本人全員では無い。

大事なことがあります。英語を学ぶのは、外国の方と意志の疎通をするためです。英語はそのための技術ですが、技術だけではありません。人と話すとき、相手の考え方や人となりを考えることを抜きにして、会話は成り立ちはません。言葉を学ぶということは、単なる技術では終わらないのです。技術としての英語が、達者なことに越したことはありません。でもそれはほんの始まりです。外国の方と話すというのは、生まれも育ちも宗教も全く異なる人と付き合うことを、意味します。異文化コミュニケーションです。それは、日本固有の文化背景で生まれ育った人にとって、幸せなことでは無い、かもしれないのです。私は若い頃、4年ほどアメリカで暮らしていました。日本に帰ってきた理由はいくつもありますが、その一つに、アメリカ文化の中で一生暮らしている自分が想像できなかった、ということが間違いなくあります。

ですので私は、「日本人が英語を苦手にしている、何とかしなければ」ということが、「日本人全員が英語を習得し、平均点を上げなければならない」、ということであれば、ちょっと違うと考えています。英語を必要とする人の数は、今後もますます増えるでしょう。その時に必要なのはまず自己だと思います。グローバリゼーション イコール 英語、ではない。そして、日本人の皆が英語を必要としている、のではない。その結果、英語の平均点がよくないのは、悲観すべきことではない、と思うのです。

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