私たちの研究室では毎年,夏の学校と称する研修を行っています。日頃の研究テーマと関連していてしていなくても良いので,院生もスタッフも何か科学に関する話をすることしています。(4年生だけは,卒業研究の話です。)毎年何について話すか,悩ましいのですが,今年は,音をテーマにすることにしました。きっかけはTEDで聞いたこの話です。
メジャーコードとマイナーコード
メジャーコード(長調)は明るく,マイナーコード(短調)は寂しく響くと言われます。YouTubeにもいろいろな曲をメジャー,マイナーで聞き比べ投稿がみつかります。例えば有名なアニメのテーマソング: ヘ長調(F)です。ヘ短調(Fm)にしてみます。財布を忘れても平気という雰囲気ではないですね。もう一つ,ベートーベンの悲愴の冒頭です。変イ長調(A♭)です。変イ短調(A♭m)にしてみます。悲愴というより悲惨?でしょうか(演奏が下手だから悲惨は別にして)。
この違いは何故できるのでしょう。まずメジャーコートとマイナーコードの違いをおさらいです。
図1 和音:Aコード(左)とAmコード(右)のピアノの鍵盤での位置
音階とコードの話。
ところで,先ほどAは440Hzと言いましたが,他の音はどうなっているのでしょうか。現代の音楽で最も使われているのは,平均律という音階です。音の高さを考える時には,オクターブが基本となります。1オクターブというのは,周波数が2倍,Aが440Hzの時その1オクターブ上のAは880Hzです。平均律では,1オクターブの間が同じ比率になるように12段階に分けています。
つまり,基本の音を440Hzとすると
メジャーコードはn=0,4,7を一緒にならします。マイナーコードは,n=0,3,7です。
具体的に,Aコードは
A: 440Hz
D♭: 554.365Hz
E: 659.255Hz
Amコードは
A: 440Hz
C: 523.251Hz
E: 659.255Hz
となります。AとAmの違いはD♭とCの違いたった31.1Hzです。この違いが,AとAmの響きの違いを作っているのです。不思議ですね。
音色について
ところで,メジャーコートとマイナーコードの響きの違いは楽器だから現れるのでしょうか。Aの音は440Hzと言いましたが,440Hzの単純な音(シングルトーン)というのはこんな音です。楽器の美しい響きとは少し違います。(ちなみに,NHKの時報の音。プッ,プッ,プッ,プーンのプッは440Hz,プーンは880Hzです。)ピアノのAの音はこのように聞こえます。シングルトーンとピアノの音の違いは,周波数のスペクトルです。ピアノのA音は純粋な440Hzではなく,そのオクターブ上,2オクターブ上など,倍音がいろいろな比率で混じっています。その様子を周波数スペクトルで表すとこうなります。
図2 ピアノのA(440zHz)のスペクトル(左)と440Hzシングルトーンのスペクトル(右)。横軸は周波数,縦軸は音の強さ。ピアノの音は,440Hzだけでなく,その整数倍の周波数の音が混じっています。
それでは,メジャーコードとマイナーコードの響きが違って聞こえるのは,楽器の音が複雑なスペクトルを持っているからなのでしょうか。A,D♭,EとA,C,Eに相当する周波数のシングルトーンの重ね合わせではどうなるのでしょうか? それもやってみます。
ピアノの時とは大分違いますが,メジャー,マイナーの響きの違いは十分に聞き取れます。つまり,楽器のように複雑な音でなくても,マイナーコードとメジャーコードの違いはでてくるようなのです。
マイナーコードとメジャーコードの解析。
まず,音のスペクトルをみてみます。
図3 シングルトーンの音3つで作ったAコード(左),Amコード(右)のスペクトル。横軸は周波数,縦軸は音の強さ。
Aコードは(440Hz,554Hz,659Hz),Amコードは(440Hz,523Hz,659Hz)に対応する3つの山があります。AとAmで山の間隔が違いますね。この辺りにヒントがありそうです。今度は音波の波形を見てみましょう。
図4 Aコード(左)とAmコード(右)の音波の波形。横軸は時間,縦軸は音波の振幅。
どうでしょうか。AコードもAmコードも,等間隔の波,つまり一定の周波数の振動が見えますが,Aコードの方がよりはっきりとわかります。この振動は二つの周波数の異なる波が混じったときにおこる“うなり(ビート)”と呼ばれるものです。詳細は下記,“おまけ”を見てください。
平均律と純正律
もう一度スペクトルを見てみましょう。ぱっと見て分かるように,Aは3つの音の周波数がほぼ等間隔に並んでいるのに対して,Amは偏っています。この違いが音波の波形の違いをつくります。これが本質だと思うのですが,Aの波形もいまいちきれいではない(図4左)。その原因は何でしょうか。前に言いましたように,現代音楽の音階は平均律で作られています。すべての隣同士の音の周波数比が一定です。それに対して純正律という音階があります。これは,音の周波数の比が簡単な整数で表せるようにしたものです。こちらの方が,和音にしたときの関係はよく分かります。平均律と純正律をまとめたのが下の表です。
表1 平均律と純正律の周波数の比の表。
音程(Aから)
|
平均律の周波数比
|
純正音程
|
完全1度 A
|
=
1
|
1
|
短2度 B♭
|
= 21/12 ~1.0594
|
16/15 ~ 1.067
|
長2度 B
|
= 21/12
~1.122
|
9/8 = 1.125
|
短3度 C
|
= 21/12
~1.189
|
6/5 =
1.200
|
長3度 D♭
|
= 21/12
~1.256
|
5/4 =
1.250
|
完全4度 D
|
= 21/12
~1.133
|
4/3 ~ 1.333
|
減5度 E♭
|
= 21/12
~1.414
|
7/5 =
1.400
|
完全5度 E
|
= 21/12 ~1.498
|
3/2 =
1.500
|
短6度 F
|
= 21/12 ~1.587
|
8/5 =
1.600
|
長6度 F♯
|
= 21/12 ~1.682
|
5/3 ~ 1.667
|
短7度 G
|
= 21/12 ~1.782
|
16/9 ~ 1.778
|
長7度 A♭
|
= 21/12 ~1.189
|
15/8
= 1.875
|
完全8度 A
|
=
2
|
2
|
純正律では,3つの音の周波数比が
Aコードは 1 : 1.25 : 1.5 ( 440Hz:550Hz:660Hz) ,
Amコードは 1 : 1.2: 1.5( 440Hz: 528Hz: 660Hz)
となります。スペクトルはこうです。
Amコードは 1 : 1.2
となります。スペクトルはこうです。
純正律のAコード(左)とAmコードのスペクトル。平均律のときより違いが分かりやすいですね。
Aコードは周波数がきれいに等間隔に並んでいることが分かります。3つの周波数が等間隔だけでなく,それぞれの周波数がその差(110Hz)の4倍,5倍,6倍と,うなりの周波数の倍音になっているのです。その様子は,音波の波形にも現れます。
純正律のAコード(左)と,Amコード(右)の音波の波形。平均律に比べて,よりはっきりと違いがわかります。
Aコードの方がきれいな波になっていますね。音の違いはこんな感じ。
ちなみに再掲
私の耳では,あまり違いは分かりません,みなさんはどうですか?
結局?
マイナーコードは何故寂しいのか? 結論は,皆さんにお任せします。メジャーコードの方が,コードに含まれる音階の周波数の差が倍音の関係になっている(近い)ということは言えるようです。寂しいとか明るいというのは,単純にいえることではありませんが,マイナーコードとメジャーコードの違いが数値的もあるのは確かなようです。
おまけ1,2音のうなりと,不協和音
2つの音をまぜると,“うなり”が聞こえます。二つの音の周波数の違いによって聞こえ方は様々,あるときは耳障りの良くない不協和音,あるときにはそれもどでもありません。その効果がマイナーコードとメジャーコードにも影響するのでしょうか。考えてみます。まず“うなり”について。
うなりの様子を音の波形はみましょう。
上図は青(100Hz)と赤(125Hz)の二つの波をそのまま重ねて書いたもの。下図ははそれら二つの波の足し算した波形。
二つの波を足し合わせた下図が,実際に聞こえる状況です。大きなうねりが見えますが,これが“うなり”を作ります。大きな山と山の間隔は足し合わせた二つの波の周波数の違いに周期に対応します。(周期が周波数の違いの逆数になっています。)このように周波数の異なる波が重ね合わさると,その対応するうなりが生じます。これが実際にどのように聞こえるのかやってみましょう440Hzに440Hzから600Hzを連続的に変えながら重ねてみました。(10秒つづきます。) 二つの周波数が非常に近い時は音の強弱の変化が聞こえますが,離れるにつれて,次第にブザーのような耳障りな音になります。もっと離れると,二つの周波数は分離して聞こえてきます。よ~く聞くと,二つの周波数の差に対応する低い音が聞こえるのがわかるでしょうか。
分かりやすいようにいくつかの音の組み合わせでやってみます。
音の強弱が聞こえます。うなりという表現にぴったりですね。
強弱の変化は聞き取れなくなり,ブザーのような音です。
AとCに相当します。先ほどの440Hzと460Hzの時のように耳障り(不協)な感じはないと思います。いかがでしょう。
AとD♭に相当します。440Hzと552Hzの時とは,聞こえ方は違いますが,こちらも耳障り(不協)とは違うと思います。
いかがですか? 一番耳障り聞こえたのは440Hzと460Hzではないでしょうか。音階のAとCに相当する440Hz-523Hzと,AとD♭440Hz-554Hzの違いはどうでしょう。もちろん違って聞こえますが,どちらが不協といは言い難いと思うのですが,いかがでしょうか? 実は2音の場合の不協具合を調べた研究があります。詳細は小川厚さんの「音律と音階の科学―ドレミ…はどのようにして生まれたか」にあるということですが,読んでいません。ごめんなさい。周波数の違う2音を同時に聞いた時に,ある程度離れたところで不協に聞こえ,それ以上離れるとだんだん不協和音には聞こえなくなるらしいのです。AとCもAとD♭も不協に聞こえるよりも離れているようです。つまり,マイナーコードとメジャーコードの響きの違いは2音の不協度ではないようなのです。
おまけ2: 平均律と純正律のドレミ
440Hzから始める A(イ長調)です。
平均律のA
純正律のA
違いが分かりますか?
平均律と純正律をB(ロ長調)に転調してみます。
平均律のB
純正律のB
平均律は周波数の比が同じなので,ドレミの音階の聞こえ方はAもBも同じです。ところが純正律は,基準の音を決めて音の比を定めています。今の場合は,Aの440Hzを基準に音階を決めました。ですので,それを単純に2度あげてBにするとドレミの音の比も変わるのです。違いがわかりますか?
参考文献
小方厚さんの「音律と音階の科学―ドレミ…はどのようにして生まれたか」は,拝読していないのですが,読まれた方からコメントをいただきました。
スペクトルの解析には,
音信号の発生には,
Wave Gene (Windows) http://www.ne.jp/asahi/fa/efu/soft/wg/wg.html
Mathematicaは音の発生,波形の加工や図の作成に使っています。
ピアノの音は
ピアノHD(iPad)
KAWAI CA65
を使いました。
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